
マッキンゼー調査によれば、デジタルマーケティングに積極的なBtoB企業の収益成長率は、そうでない企業の約5倍——。プッシュ型(企業から当たり続ける営業)からプル型(顧客が自ら来る状態を設計する営業)への転換が、この差を生んでいるという。だが「顧客が検索してくれる」という前提そのものが、いつでも成り立つわけではないとしたら。今宵の酒場には、組織にブランドの責任を刻んだ実務家と、事業の定義そのものを問い続けた学者、検索されない需要をつくってきた実業家、そして測定される側の視点を手放さない政策家をお招きしました。「顧客が来る仕組み」を設計するとはどういうことか、四つの立場から検証します。
今宵の賢人たち
ニール・マッケルロイ組織設計P&Gの経営者。1931年のいわゆるBrand Menメモで、ブランドごとに担当者と責任を置く組織原型を定式化した。
セオドア・レビット事業定義ハーバード・ビジネス・スクールのマーケティング研究者。製品ではなく顧客の必要によって事業を定義せよと促した。
盛田昭夫非西洋/市場創造1921–1999。1946年に井深大と東京通信工業(現ソニー)を創業。1958年に社名をソニーへ変更し、海外での販売・資本の足場を自前で築いた。
エスター・ピーターソン消費者運動消費者運動家・政策担当者。消費者利益を企業経営と公共政策の議題へ持ち込んだ。
対談本編
司会
本日のお題は「BtoB営業を当たりに行く仕事から解放する」。デジタルマーケティングに積極的な企業は収益成長率が約5倍だという記事です。まず、この転換の本質はどこにありますか。
ニール・マッケルロイ
私が社内メモで書いたのは、ブランドごとに担当を置き、その人物に数字の責任を負わせよ、という一点でした。記事が「全工程を営業一人が担う設計を分解せよ」と言うのは、同じ話をしています。ただ注意したい。分けること自体は目的ではありません。誰がどの数字を持つかを決めるのが目的です。記事が最重要論点に「ホットリードの定義」を挙げたのは正しい。定義のないまま部門を分ければ、境目に落ちるリードが必ず出る。分業は、責任の線を引いて初めて分業になります。
セオドア・レビット
私が危ういと感じるのは「デジタルマーケティングを入れる」という言い方です。鉄道会社が自らを鉄道業だと思い込んで衰退したのと、構造が同じになりかねない。MAもSEOも手段でしょう。問うべきは、うちの顧客は何を片付けたくて検索窓を開いたのか。記事の第一の役割「企業分析」を、ターゲット企業リストの作成に矮小化した瞬間、結局は名簿を持っているだけの状態に戻ります。
盛田昭夫
私はその「検索窓を開いた」という前提に引っかかります。顧客が自分の課題を言葉にできている場合にしか、この仕組みは動かない。私どもが小型の再生機を出そうとしたとき、売れないと言ったのは市場ではありません。自社の製造と販売の担当者でした。説いて回っても、ほとんどの者が誠に冷ややかだった。あのとき問い合わせを待っていたら、あの製品は世に出ていません。
司会
では何を手がかりにされたのですか。
盛田昭夫
聞くのをやめて、渡しました。試作機を自分で持ち歩き、家内や友人がどう使うかを見た。意見を集めるのではなく、行動を見る。その意味で、記事が挙げるスコアリング——資料をどれだけ落としたか、何度サイトに来たか——は方向として正しい。意見でなく行動を数えているのですから。ただしその数字が映すのは、来た人の行動だけです。来ていない人は、何をしていても見えません。
セオドア・レビット
それは私の言う近視眼の、もう一つの現れ方ですね。市場を「検索している人の集合」と定義してしまう。
盛田昭夫
もう一点。私どもは大量の注文を、自社の名前で売れないという理由で断りました。社内には惜しいという声があった。売れる量ではなく、誰の名前で売るかを取ったのです。記事が最初の一歩に「専用サイトを立ち上げよ」と置いたのは、実は同じ問題を扱っています。誰の名前で、何を約束する場所なのか。
司会
5倍という数字自体はどう見ますか。
セオドア・レビット
因果が逆の可能性を残すべきです。伸びている企業だから投資できた、という説明もつく。
ニール・マッケルロイ
同意します。ただ記事の失敗パターン③——プッシュ型を全部やめる——への処方は正しい。組織の設計を変えるのに、いま入っている収益を止める必要はありません。盛田さんの言う「まだ検索していない顧客」に会いに行く手段は、当面プッシュ型しかないのですから。
エスター・ピーターソン
一点だけ、買う側から申し上げます。盛田さんの「意見ではなく行動を見る」は、売り手の側から見れば正しい。ですが行動を見られる側は、見られていることを知りません。開封したか、何度来たか。売り手が「育てる」と呼ぶ工程は、買い手からは「数えられている」と映ります。プル型の前提は、客が自分の意思で来たと思えることでしょう。その感覚を測定が壊すなら、5倍は続きません。
盛田昭夫
それは反論しにくい。私は家内が使う様子を見ていましたが、家内には見られている自覚があった。顔の見えない相手を数えることと、目の前の一人を観察することは、同じではありませんね。
司会
収束点をひとことずつ。
ニール・マッケルロイ
ツールではなく、責任の線を引くこと。
セオドア・レビット
定義から始めること。顧客の課題の定義から。
盛田昭夫
意見でなく行動を見ること。ただし、見えていない範囲を忘れないこと。
エスター・ピーターソン
そして、数えられる側にも人格があると考えること。
対談から読み解く、4つの軸
なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。
ニール・マッケルロイ:組織設計
論点1・4「分業と責任の設計/ホットリードの定義」を担当。ブランド別責任制を定式化した当事者として、記事の核心である役割分担を100年前の組織原型から検証する役。
理論: ブランド別責任制(ブランド・マネジメント制)
セオドア・レビット:事業定義
論点3・6「4役割の起点=誰に何を売るのか」を担当。マーケティング近視眼の提唱者として、「デジタルマーケティングを導入する」という言い方自体が手段の目的化ではないかを問う役。
理論: マーケティング近視眼(Marketing Myopia)
盛田昭夫:非西洋/市場創造
論点2・5①「顧客が自ら来る状態の限界/何を観察するか」を担当。プル型が前提とする「顧客は自分の課題を言葉にして検索する」という条件が成立しない領域を、ウォークマンの実例から突きつける役。
理論: 需要創造と、その前提としてのブランド。意見でなく行動を観察する
エスター・ピーターソン:消費者運動
論点3④「ナーチャリングされる側の視点」を担当。名簿の中で唯一、事業者側でなく買い手側から市場設計を問う立場。
理論: 消費者主権。買い手が十分な情報と選択の自由を持って初めて市場は機能する
収束したのは「組織設計の変更」、分かれたのは「プル型の届く範囲」と「測定と信頼の両立」
4人全員が「これは営業手法の変更ではなく組織設計の変更である」という記事の結論に同意した。入り口はそれぞれ異なる——マッケルロイは責任配分、レビットは事業定義、盛田は観察対象、ピーターソンは買い手の主体性——が、いずれも「ツールの導入では解けない」という同じ地点に着く。対立点は2つ残った。第一に、プル型はどこまで届くのか。記事はプル型への転換を全面的に推奨するが、盛田は顧客がまだ課題を言語化していない領域では原理的に機能しないと指摘する。既存需要の刈り取りには効くが、新カテゴリの創出には効かない。マッケルロイはこれを認めた上で「だからこそプッシュ型を残す」という併走論に回収した。第二に、行動の測定は信頼と両立するか。盛田の「意見でなく行動を見よ」とピーターソンの「見られる側は知らない」は正面から衝突し、盛田自身が「顔の見えない相手を数えることと、目の前の一人を観察することは同じではない」と譲歩したが、何件までが観察で何件からが監視なのかは一致しなかった。日本のBtoB中堅企業への含意として、記事の3ステップに対し対談からは2つの修正が出る——STEP 3の「引き渡し基準」を最初に議論すること、そして「検索していない顧客」をどう扱うかを転換の設計に最初から入れることである。
この対談の一問
1分で鍛える意思決定 / 組織【登録者限定】
BtoB企業が営業部門とマーケティング部門を分割したが、「どのリードが誰の担当か」が曖昧なまま運用が始まり、有望な見込み客への対応が遅れる事故が続いている。
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この分業を機能させるために最初にすべきことは?
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BtoB企業がスコアリングツールを導入し、資料ダウンロード数やサイト訪問回数で見込み客をランク付けし始めた。営業からは「数字が高い顧客ばかり優先していいのか」という声も出ている。
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このスコアリング運用を見直す際、考慮すべき視点は?
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学びの読書案内
ニール・マッケルロイ
ブランド別責任制(ブランド・マネジメント制)
ブランド・マネジャー制度の制度化。今日の事業部制・プロダクトマネジメント組織の直接の祖型
セオドア・レビット
マーケティング近視眼(Marketing Myopia)
「Marketing Myopia」(Harvard Business Review, 1960)/『マーケティングの革新』ほか
盛田昭夫
需要創造と、その前提としてのブランド。意見でなく行動を観察する
『MADE IN JAPAN』(1987)/「ウォークマン考」(文藝春秋 1981年4月号、本人執筆)/ウォークマン(1979)
エスター・ピーターソン
消費者主権。買い手が十分な情報と選択の自由を持って初めて市場は機能する
米国大統領特別補佐官(消費者問題担当)として消費者保護政策を推進
本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。
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