vol.17
成長戦略/売上拡大2026.09.16約8分
「高齢者だけ」では頭打ちになる
配食7セグメントと、弁当では差がつかない市場の勝ち方
小倉昌男 × 小林一三 × 安藤百福 × ジャック・トラウト

高齢者向けの配食で伸びてきた事業が、頭打ちになっている。市場はいまビジネスパーソン、子育て世帯、事業所、学校、介護施設、学習塾へと7つに割れた。では、どこから手をつければいいのか。直営の配食は1日150〜200食が損益分岐点とされ、配達先が点在すれば採算は合わない。宅急便を関東から始めた経営者、沿線に住む人から先に建てた鉄道経営者、食べ方ごと商品を作り直した食品メーカーの創業者、そして「頭の中の場所」を説いた戦略家が、この市場の勝ち方を論じます。
Cast
- 倉小倉昌男集配密度1924-2005。ヤマト運輸 元社長。1971年に父の後を継いで社長に就任し、1976年1月に個人向け小口配送「宅急便」を関東地区限定で開始した。「個人が一個だけ送る荷物は絶対に儲からない」という業界の常識に対し、採算を決めている単位そのものを取り替えた。1995年に全役職を退き、ヤマト福祉財団理事長として障害者の自立支援に専念。主著『小倉昌男 経営学』(日経BP社、1999年)。
- 林小林一三需要の建設1873-1957。阪急電鉄の創業者。1907年に箕面有馬電気軌道の専務に就き1910年開業、1914年に宝塚少女歌劇を創設、1929年に梅田へ阪急百貨店を開業した。鉄道を「移動手段」ではなく需要を接続する装置として扱い、沿線に住宅・娯楽・商業を自ら建てて乗客そのものを創り出した。
- 安安藤百福食べ方の設計1910-2007。日清食品創業者。1958年「チキンラーメン」、1971年「カップヌードル」を発売。製品だけでなく価格・容器・流通・食べる場面までを同時に設計して即席麺という市場を立ち上げた。チキンラーメンは35円(同時期のうどん玉6円、乾麺25円)で、手形決済が慣例の時代に現金決済を要求して押し通している。なお即席麺そのものの「発明者」ではない——1958年春に台湾出身の張國文の「長寿麺」が先行し、日清食品は張の特許を2300万円で買い取っている。
- トジャック・トラウトポジショニング1935-2017。マーケティング戦略家。1969年の業界誌論文で「ポジショニング」の語を初めて提示した(アル・ライズとの共同は1972年の連載以降)。ポジショニングとは商品に対して行う操作ではなく、見込み客の記憶に対して行う操作である、という反転が出発点。主著『Positioning: The Battle for Your Mind』(ライズとの共著、1981)、『Marketing Warfare』(1986)、『Differentiate or Die』(2000)。
司会
今日の題は配食です。高齢者向けが中心だった市場が、ビジネスパーソン、子育て世帯、事業所、学校、介護施設、学習塾と7つに割れた。記事は「高齢者一択では頭打ちだ」と言う。どこから手をつけますか。
小倉昌男
数え方を変えることからです。個人が一食だけ頼む、だから儲からない——うちの業界も同じことを言われました。だが儲からないのではない。数える単位が違う。採算を決めているのは走る距離でも荷物の重さでもない。一定の面積にどれだけ集まっているかです。1日150食で合わないのなら、150食をどこに置くかを問うべきだ。1回で複数食を届けられる事業所や集合住宅に意味があるのは、そういうことです。
小林一三
伺いたい。その密度は、探すものですか。建てるものですか。
小倉昌男
……探す、が私の答えです。密度が立っている面をまず切り取る。狭くていい。
小林一三
私は線路を敷く前に、住む人のほうを配置しました。乗る人がいないから鉄道は儲からないと皆が言う。ならば沿線に家を建てて売ればいい。二万七千坪を買って、百坪を十年の月賦にした。給料取りが家を持てる条件を作れば、そこに世帯が来る。世帯が来れば乗客になる。配食も同じでしょう。密度の高い商圏を同業と取り合う前に、一棟の中に食べる理由を置いたか。
安藤百福
お二人とも、配る側の話ばかりだ。食べる側はどうか。私はアメリカで、うちの麺を渡した相手がどんぶりを持っていないのを見た。彼は麺を割って紙コップに入れ、湯を注ぎ、フォークで食べた。それで容器ごと商品にしたのです。配る条件が苦しいなら、食べる場面のほうを変えればいい。食べ方が変われば、採算の式も変わる。
ジャック・トラウト
諸君はまだ商品と物流の話をしている。客の頭の中の話をしていない。この記事には、九つのコンセプト案を調べて魅力度と利用意向の高い二案を選んだ、とある。いい案を選ぶな。自分が一番になれる場所を定義し直せ。「おいしい」「健康」「安心」——競合も同じことを言う。誰でも言えることは、差別化ではない。
安藤百福
その調査の話だが、気をつけたほうがいい。私は評判のよかった商品に資本金の二倍を投じて、早々に退いた。落とし穴は、賛辞の中にある。
司会
小倉さんの理屈は、この市場でもそのまま通りますか。
小倉昌男
いや、穴があります。荷物と違って、食事は時刻に縛られる。同じ町内に集まっていても、正午に集中すれば車も人も足りない。集配密度は必要条件であって、十分条件ではない。そこは正直に申し上げる。
ジャック・トラウト
付け加えるなら、事業所や学校や介護施設は、私の型が最も弱くなる領域だ。決める人間が複数いて、要件が仕様書になっている市場では、頭の中の序列より先に条件適合が来る。個人宅とは別の戦い方が要る。
司会
入口はばらばらなのに、行き先が近づきましたね。
ジャック・トラウト
弁当そのものでは差がつかない、という一点でだ。
小林一三
ならば何で差をつけるか。届く時刻か、玄関で顔を合わせる三分か。
小倉昌男
それはもう、弁当の話ではありませんな。
対談から読み解く、4つの軸
なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。
小倉昌男:集配密度
採算の単位を1件あたりから集配密度へ置き換える。損益分岐点150〜200食/日に直接対応
理論: 採算の単位を「1件あたり」から「単位面積あたりの集配個数」へ置き換える
小林一三:需要の建設
密度は与件か設計対象か。小倉への正面の反論者
理論: 需要を観測するのではなく、需要の器(住宅・娯楽・商業)を先に建てる
安藤百福:食べ方の設計
食べ方ごと設計する。9案の調査で魅力度が高い案に飛びつくことへの警告(カップライスの失敗)
理論: 製品だけでなく、価格・容器・流通・食べる場面を同時に設計する
ジャック・トラウト:ポジショニング
ポジショニング。7セグメントで「頭の中の場所」が別物になること
理論: ポジショニング——商品ではなく見込み客の記憶に対して行う操作
四人は別々の入口から「弁当そのものでは差がつかない」に合流した
収束点——4名は別々の入口から「弁当そのものでは差がつかない」に合流した。差別化の場所が、商品から「誰に・どういう単位で・どう届くか」へ移っている。 残った対立——密度は探索変数か設計変数か(小倉 対 小林)は最後まで解けない。これは配食事業者にとって「密度の立つ商圏を選ぶ」か「一棟の中に需要を作る」かの実務判断そのもので、資本の重さが答えを決める。小林の型は不可逆な固定資産を先に置ける者しか使えない。
学びの読書案内
小倉昌男
採算の単位を「1件あたり」から「単位面積あたりの集配個数」へ置き換える
『小倉昌男 経営学』(日経BP社、1999年)
小林一三
需要を観測するのではなく、需要の器(住宅・娯楽・商業)を先に建てる
池田室町の郊外住宅分譲(1910年)/宝塚少女歌劇(1914年)/阪急百貨店(1929年)
安藤百福
製品だけでなく、価格・容器・流通・食べる場面を同時に設計する
チキンラーメン(1958年)/カップヌードル(1971年)
ジャック・トラウト
ポジショニング——商品ではなく見込み客の記憶に対して行う操作
『Positioning: The Battle for Your Mind』(アル・ライズと共著、1981年)
発言の背景にある出来事
小倉昌男
「一定の面積にどれだけ集まっているか」
宅急便を、全国ではなく関東だけで始めた(1976年1月)
それまで同社の主力は百貨店などの商業貨物で、個人が一個だけ送る荷物は「集めるのに手間ばかりかかって儲からない」というのが業界の共通認識だった。小倉が賭けたのは、荷物1個あたりの距離や重さではなく、一定の地域にどれだけ荷物が密集しているか——同じ道を走る1台のトラックが何個を扱えるか——が採算を決めるという読みである。だから全国へ一気に広げず、まず狭い面を選んで密度を立てにいった。取扱個数は1978年度に1,087万個に達した。「まず密度が立つ商圏を切り取れ」という主張は、この順序から出ている。
小林一三
「線路を敷く前に、住む人のほうを配置しました」
線路を敷く前に、住む人を配置した(1909〜1910年・池田室町)
路線が通る予定の大阪北郊は当時ほとんどが田畑で、乗る人がいなかった。小林は1909年、池田の呉服神社周辺の2万7千坪を買収し、翌1910年の開通に合わせて郊外住宅の分譲を始める。一区画は100坪を目安とし、10年の月賦にして給与生活者が持ち家を買えるようにした。住民の倶楽部と購買組合まで設けている。乗客が現れるのを待つのではなく、沿線に世帯そのものを配置した。これが後の宝塚と梅田——路線の両端に集客装置を置く手口——の原型になる。
安藤百福
「どんぶりを持っていないのを見た」
どんぶりがなかった、という事実から商品を組み直した(1966年→1971年)
1966年、視察で訪れたアメリカのスーパーマーケットにチキンラーメンを持ち込んだところ、相手はどんぶりを持っていなかった。麺を割って紙コップに入れ、湯を注ぎ、フォークで食べたのである。安藤はこの場面から、欧米には箸とどんぶりで麺を食べる習慣がないという当たり前を、商品設計の条件として受け取った。麺を売るのではなく、容器と食器と食べる場面をまとめて一つの商品にする。1971年発売のカップヌードルは100円で、チキンラーメン35円のおよそ3倍にあたる。
ジャック・トラウト
「いい案を選ぶな。自分が一番になれる場所を定義し直せ」
「広告の問題は情報の量ではない」と書いた1969年の論文
1960年代末、広告費は増え続ける一方で、消費者が受け取る情報量も爆発的に増えていた。トラウトはここで問題を定義し直す。広告が効かないのは「何を言うか」が悪いからではなく、すでに飽和した頭の中へどう入るかの問題である、と。商品を良くする競争から、記憶の中の場所を取る競争へ——この反転が、のちに200万部を売る『ポジショニング』の起点になった。9つのコンセプト案から「いい案」を選ぶのではなく「一番になれる場所」を定義し直せ、という彼の切り返しは、この最初の一歩から来ている。
↑ 本文の発言に戻る1969年 "Positioning" is a game people play in today's me-too market place(原記事の紹介) ↗
本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。