GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.20

成長戦略/売上拡大2026.09.23約8分

数値を追うだけでは売上は伸びない

測る前に、何を測るかを決めた四人

益田孝 × 御木本幸吉 × 広岡浅子 × ハリー・ベック

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クリック率もコンバージョン率も改善している。なのに売上が伸びない——この行き詰まりは、数字の読み方が下手だから起きるのではない。商いを始める前に情報の入る場所を作った商社の創業者、養殖真珠を天然の隣に並べると決めた実業家、宗派で区切られた顧客名簿の区切りを外した女性経営者、そして地下鉄の図から距離と方角を消した製図工。四人が示すのは、数字を読む前に済ませておくべき決定の話です。

Cast

  • 益田孝情報の出先1848–1938。旧三井物産の初代社長。無資本で出発した会社を、相場を張らず手数料で立つ商社として設計した。商いが立つ前に上海・ロンドンへ人を置き、支店を売り場ではなく情報の出先として使った。創業3か月の1876年12月2日には私費で『中外物価新報』を創刊し、自社が掴んだ数字をあえて外へ流している。同紙は150年を経て『日本経済新聞』になる。茶人「鈍翁」としても知られるが、経営の論点で美意識を持ち出すことはなかった。
  • 御木本幸吉競合軸の設定1858–1954。真珠養殖の事業化に成功した実業家。競合軸を「模造真珠」ではなく「天然真珠」に置き、1919年のロンドン市場では天然より約25%安い価格で売り出した。模造品の価格帯ではなく天然を基準にした値付けである。1932年には神戸商工会議所前で約135kgの粗悪真珠を焼却し、自社ではなくカテゴリ全体の信用を守った。なお真円真珠の中核特許は西川藤吉と見瀬辰平が握っており、正確には発明を統合して事業にした人にあたる。
  • 広岡浅子区切りを外す1849–1919。加島屋の家業再建から大同生命の創業に参画し、日本女子大学校の創立にも携わった。1899年、一宗派を背景としたため募集対象が限定されて行き詰まっていた真宗生命について、中川小十郎を派遣して内部調査を行わせたうえで株式の6割を取得。本社を京都へ移し社名を朝日生命へ改めて、市場の制約そのものを撤廃した。なお大同生命の初代社長は義弟の広岡正秋であり、浅子は創業者の一人であって創業社長ではない。
  • ハリー・ベック何を見せないか1902–1974。ロンドン地下鉄の信号技師室に製図工として勤めた人物で、職業デザイナーではない。路線図から実際の距離と方角を消し、縦・横・斜めの線だけで引いて駅の間隔も揃えた。地理としては正確でないが、地下にいる乗客が必要とするのは「どこでどこに乗り換えられるか」だけだという割り切りである。後年の研究は、この図が実際の距離をほとんど反映していない一方で、経路選択への影響は実所要時間の約2倍あったことを示している——捨てすぎると使う側が損をする、という副作用まで含めて彼の仕事の帰結だった。

実線の下線↗は元記事の該当箇所(別タブ)、点線の下線は下の「発言の背景にある出来事」へ移動します。

司会

今日のお題は、広告の数字を追い続けているのに売上が伸びない、という話です。クリック率、コンバージョン率、検索された回数。改善は回っているのに、買われない。なぜでしょう。

益田孝

数字は結果です。私の会社は元手なしで始めました。相場を当てて儲ける商いを捨て、手数料で立つと決めた。当てる側に回らないなら、誰より先に、何がどれだけ欲しがられているかを見ているほかない。だから上海にもロンドンにも、商いが立つ前に人を置きました。売り場ではなく、情報が入ってくる場所としてです。

司会

商いを始めるより先に、情報が入ってくる場所を作った、と。

益田孝

創業三か月で新聞まで作りました。物の値段と、その日の取引の様子だけを載せる四ページの週刊です。自分の金で作りました——「全く私個人で拵えたもので、自分の金を出して作った」。自社が掴んだ数字を、あえて外へ流したのです。読む人がいなければ、数字は誰も動かしませんから。

ハリー・ベック

私は逆をやりました。捨てた側です。ロンドンの地下鉄の図から、実際の距離と方角を消した。縦と横と斜めだけで引き、駅の間隔も揃えた。地理としては嘘です。「大事なのはつながりだ」。地下にいる人間が要るのは、どこでどこに乗り換えられるかだけですから。

司会

益田さんは広く集めろと言い、ベックさんは捨てろと言う。矛盾しませんか。

ハリー・ベック

集める情報と、見せる情報は別です。私が省いてよかった相手は「乗り換えようとしている乗客」だけだった。……もっとも後年、こう測られました。私の図は実際の距離をほとんど表していない——四パーセントほどだそうです。それなのに、どの道を選ぶかへの影響は、実際にかかる時間の二倍あった。歩いたほうが速い区間で、人がわざわざ乗り換えてしまう。捨てすぎると、使う側が損をします。

御木本幸吉

わしは捨てる前に、並べる棚を決めました。養殖の真珠を、ガラス玉の隣に置くか、天然の隣に置くか。天然を選び、一九一九年のロンドンでは天然より二割五分安い値をつけた。模造の値段では売らん。戦う相手を間違えれば、いくら宣伝しても届きません。

広岡浅子

棚より先に、お客をどこで区切っているかを疑いなさい。私が買い取った保険会社は、一つの宗派を背に立てた会社でした。信徒には届く。そこで止まる。社名を変え、本社を移して、その区切りを外しました。年齢や住まいで区切った名簿は、区切ったところが売上の天井になります。

司会

年齢や住まいでないなら、何を見るのですか。

広岡浅子

不安です。あのころ、保険に入れば早死にすると言われていた。相手は保険を知っている人ではなく、不安はあるが手立てを知らない人でした。私は女の人たちに「ままごとではなく本気におやりなさい」と言い続けましたが、本気でやるというのは、その人が何を恐れているかまで降りていくことです。

広岡浅子

──ただ、あなた方のやり方には元手が要ります。益田さんは政府に近い場所におられた。御木本さんには博覧会と裁判があった。小さな商いの者が、同じ真似をできますか。

益田孝

できません、同じようには。ですが私が置いたのは支店です。聞く場所をひとつ持つことなら、店先でもできる。

司会

整理します。四人とも、数字を読む前に決めたことがありました。益田さんはどこから情報が入るようにするか。御木本さんはどの商品と並べて比べられるか。広岡さんはお客をどこで区切るか。ベックさんは何を見せないか。元記事の言葉に直せば、順に「市場を見る仕組み」「正しい競合軸でのUSP」「属性ではないペルソナ」「利用シーンへの絞り込み」です。 ——ただ、こうして並べると、記事が挙げる三つが別々のものに見えなくなります。ペルソナも、競合軸も、利用シーンも、やっていることは一つ。測る前に、何を測るかを決めることです。

御木本幸吉

棚を決めるのも、そういうことです。天然の隣に置くと決めた日から、見るべき数字が変わった。 模造品がいくらで売れていようと、わしには関わりのない数字になりました。

益田孝

同じです。支店を置いたのは、数字を増やすためではありません。それまで数字になっていなかったものを、数字にするためです。

広岡浅子

区切りを外したのも同じこと。信徒の数を数えているうちは、信徒の数しか出てまいりません。

ハリー・ベック

数字は、すでに起きたことしか映しません。まだ起きていないものは、図に描いて初めて見える。

司会

記事は「数値は結果であり、原因ではない」と結んでいます。四人の話を聞くと、それは原因を別に探せという意味ではなく、原因は数値の外側にしか存在しない——だから、測る前に決めるほかない、ということになりそうです。

対談から読み解く、4つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • 益田孝:情報の出先

    商いより先に、情報が入ってくる場所を作った

    理論: 支店を「売り場」ではなく情報の出先として先に置く

  • 御木本幸吉:競合軸の設定

    養殖真珠を模造の棚ではなく天然の棚に置くと決めた

    理論: どの商品と並べて比べられるかを、値付けより先に決める

  • 広岡浅子:区切りを外す

    属性で区切られた顧客基盤を買い取り、その区切りを外した

    理論: 顧客をどこで区切っているかが、そのまま売上の天井になる

  • ハリー・ベック:何を見せないか

    地理的正確さを捨て、乗り換える瞬間に要る情報だけを残した

    理論: 集める情報と、見せる情報は別である

記事が挙げる三つの核心は、実は一つの行為の三つの側面だった

収束点——四人とも、数字を読む前に決めたことがあった。益田は「どこから情報が入るようにするか」、御木本は「どの商品と並べて比べられるか」、広岡は「お客をどこで区切るか」、ベックは「何を見せないか」。記事の言葉に直せば、市場を見る仕組み/正しい競合軸でのUSP/属性ではないペルソナ/利用シーンへの絞り込みにあたる。 言い直し——並べてみると、記事が別々の核心として挙げる三つが、別々のものに見えなくなる。ペルソナも競合軸も利用シーンも、やっていることは一つで、測る前に何を測るかを決めることである。記事の結び「数値は結果であり、原因ではない」は、原因を別に探せという意味ではなく、原因は数値の外側にしか存在しない——だから測る前に決めるほかない——ということになる。 残った留保——ベックは、捨てすぎると使う側が損をすると自ら認めている。広岡は「あなた方のやり方には元手が要る」と問い、益田は「同じようにはできない」と答えた。聞く場所をひとつ持つことなら店先でもできる、というのが四人の到達点である。

学びの読書案内

  • 益田孝

    支店を「売り場」ではなく情報の出先として先に置く

    三井物産の創立と初代社長/『中外物価新報』創刊(1876)

    著作・資料を探す ↗

  • 御木本幸吉

    どの商品と並べて比べられるかを、値付けより先に決める

    半円真珠の養殖成功(1893)/特許第2670号「真珠素質被着法」(1896)

    著作・資料を探す ↗

  • 広岡浅子

    顧客をどこで区切っているかが、そのまま売上の天井になる

    真宗生命の買収と朝日生命への改称(1899)/大同生命の創業に参画(1902)

    著作・資料を探す ↗

  • ハリー・ベック

    集める情報と、見せる情報は別である

    ロンドン地下鉄の路線図(1933年に試験配布)

    著作・資料を探す ↗

発言の背景にある出来事

  • 益田孝

    「創業三か月で新聞まで作りました」

    『中外物価新報』創刊(1876年12月2日)

    三井物産が発足して3か月後、益田は私費で週刊4ページの新聞を作った。載せたのは物の値段と、その日の取引の様子だけである。自社が苦労して集めた商況を、なぜ外に出すのか。読む人がいなければ数字は誰も動かさない、というのが彼の答えだった。値段が共有されて初めて取引が立ち、取引が立って初めて手数料が入る。相場を当てて儲ける商いを捨てた会社にとって、情報は売り物ではなく市場そのものを作る道具だった。「数字を増やすためではなく、数字になっていなかったものを数字にするため」という彼の発言は、ここから来ている。

    ↑ 本文の発言に戻る益田孝(Wikipedia) ↗

  • 御木本幸吉

    「一九一九年のロンドンでは天然より二割五分安い値をつけた」

    1919年ロンドン、天然真珠の約25%引きという値付け

    養殖真珠を売り出すとき、いくらで出すかは単なる価格の問題ではなかった。模造真珠の価格帯に置けば、それは模造品として比べられる。御木本が選んだのは、天然真珠の約25%引きという値である。天然と同じ棚に並べ、そこからいくらか安い、という位置に自分から立った。安さを訴えたのではなく、比較される相手を指定したのだ。誰と比べられるかが決まれば、見るべき数字も変わる——「模造品がいくらで売れていようと、わしには関わりのない数字になった」という発言は、この決定の帰結である。

    ↑ 本文の発言に戻る御木本幸吉(Wikipedia) ↗

  • 広岡浅子

    「一つの宗派を背に立てた会社でした」

    真宗生命の買収と、区切りの撤廃(1899年)

    1895年に名古屋で開業した真宗生命は、一宗派を背景に持つ保険会社だった。信徒という確かな基盤があり、そこには確かに届く。問題は、そこで止まることだった。広岡は内部調査を行わせたうえで株式の6割を取得し、同年5月に本社を京都へ移して社名を朝日生命に改める。商品も料率も変えていない。変えたのは、顧客をどこで区切るかという一点である。区切りを外せば市場が開くのではない。区切っていたところが天井だったと分かるのだ。「年齢や住まいで区切った名簿は、区切ったところが売上の天井になります」という発言は、この経験から出ている。

    ↑ 本文の発言に戻る広岡浅子(Wikipedia) ↗

  • ハリー・ベック

    「どの道を選ぶかへの影響は、実際にかかる時間の二倍あった」

    路線図が乗客の経路選択を歪めるという後年の測定

    ベックの図は、駅と駅のつながりだけを残して距離と方角を捨てた。乗り換えが分かればよい、という設計判断である。ところが後年の研究は、この図が実際の距離をほとんど表していないにもかかわらず、乗客がどの経路を選ぶかへの影響力は、実際にかかる所要時間の約2倍にのぼると測定した。歩いたほうが速い区間で、人がわざわざ乗り換えてしまう。見せないと決めた情報は、ただ消えるのではなく、見せた情報の重みを増やす。情報を絞る設計が効くのはそのためであり、同時に使う側が損をしうるのもそのためである。

    ↑ 本文の発言に戻るロンドン地下鉄路線図(Wikipedia) ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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