vol.10
成長戦略/売上拡大2026.09.07約4分
予算95万円でも、BtoBデジタルマーケティングはできる
マーケティング史 四人の視点
井深大 × ジャック・マー(馬雲) × サム・ウォルトン × アル・ライズ

従業員30人未満の中小企業が、1年間にマーケティングへ使える金額は平均95万円。この水準では、大手が導入するようなMAもDMPも買えません。では、買えないうちは何もできないのでしょうか。今宵の酒場にお招きしたのは、いずれも「小さく始めた」四人です。資本金19万円で会社を興した技術者、自社サイトも営業網も持たない中小企業のために取引の場を作った起業家、田舎町の雑貨店から世界最大の小売を作った男、そして予算が小さいほど絞れと説き続けた戦略家。道具を買えないことは、着手しない理由になるのか——そこから始めます。
Cast
- 井井深大技術者・創業者1908–1997。1946年に盛田昭夫らと資本金19万円・従業員20数名で東京通信工業(現ソニー)を創業し、テープレコーダー・トランジスタラジオの開発を技術側から主導した。1992年文化勲章。
- マジャック・マー(馬雲)プラットフォーム1964年生まれ。英語教師から転じ、1999年にアリババを創業。自社サイトも海外営業網も持たない中国の中小輸出業者を海外バイヤーに接続する場を作った。2019年に会長を退任。
- ウサム・ウォルトン小売・現場1918–1992。1962年にアーカンソー州ロジャースで1号店を開業。大手が来ない小さな町を先に取る立地戦略と、物流・情報への執拗な投資で世界最大の小売企業を作った。
- ラアル・ライズポジショニング1926–2022。広告実務家出身の戦略家。マーケティングの主戦場を「製品の優劣」から「見込客の頭の中の位置取り」へ移した。ジャック・トラウトとの共同名義の仕事が多い。
司会
中小企業の年間マーケティング予算は平均95万円。MA(見込み客への接触を自動化するツール)の導入率は30〜500人規模でも約15%、30人未満は半数以上が何も使っていない。問いは一つです。買えないことは、着手しない理由になるか。
井深大
なりません。私どもの創業時の資本金は19万円、20数名。何を作って売るかも決まっていなかった。金額は、始めるかどうかとは別の変数です。
司会
ただ旧海軍の技術者が集まっていました。人が揃っていたからでは。
井深大
認めます。ですから私が保証できるのは金額のことだけです。95万円でできないことを数える前に、自社が客に説明できる強みを書き出して数える。順序はそこからです。
ジャック・マー(馬雲)
自前で揃える必要もない。1999年の中国の中小メーカーは、自社サイトも海外営業網も持っていなかった。足りないのは技術ではなく、見つけてもらうことと、信用されることです。後者はエスクロー——代金を預かり、着荷後に売り手へ渡す——で解いた。
サム・ウォルトン
そのプラットフォームに乗る前に一つ。あんたの会社、先週の数字は誰が見た。
司会
記事の言う「業務の見える化」ですね。
サム・ウォルトン
私は1962年から土曜の朝に幹部を集めている。週の数字を読んでから座る。私の店のルールの9番目は「経費管理で競合に勝て」だ。道具ではない。毎週同じ数字を見る規律が先だ。手作業でやれば、どの工程が時間を食っているかが実測できる。そこが投資の優先順位になる。
司会
ただ1987年に自社衛星通信網を作っています。当時最大級の民間衛星網、2,400万ドルとされる。
サム・ウォルトン
順序の話だ。手でやって詰まる場所が見えたから、そこに張れた。見えないうちに張るのは、根拠なく賭けることだ。
アル・ライズ
乗ろうが自前だろうが、絞れていなければ同じだ。市場とは席数の限られた頭の中の棚です。「より良くあるより、最初であるほうが良い」。95万円で買えるのは一つの言葉だけだ。業種・地域・用途で範囲を狭め、その中で筆頭になる条件を一つ決める。ツールはその後です。
司会
その法則はBtoBでも効きますか。意思決定者が複数いて、検討が数ヶ月から数年かかります。
アル・ライズ
そこは私の理論が最も試される場所です。断定はしません。ただ、覚えられていない会社が候補に残ることはない。
ジャック・マー(馬雲)
私も一つ認めます。プラットフォームに乗れば、見つけてもらう対価は手数料として毎年かかる。顧客接点も取引記録もプラットフォーム側に貯まり、降りるコストは年ごとに上がる。乗る前に、売上の何%までなら払うかを決めることです。
司会
記事の失敗パターンの二つ目は、マーケティング部門だけで進めて営業に渡らなかった、というものでした。
サム・ウォルトン
道具の失敗ではない。誰が受け取るかを決めていない失敗だ。
アル・ライズ
誰に何を言うかを決めていない失敗でもある。
司会
収束は一点。始点は道具ではなく、誰に何を言い、誰が受け取るかの決定です。分かれたのは、足りないものを自前で埋めるか(井深・ウォルトン)、他人のプラットフォームで埋めるか(マー)でした。
対談から読み解く、4つの軸
なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。
井深大:技術者・創業者
「予算の小ささは着手しない理由にならない」を担当。19万円で始めた側の実感から、金額と着手可否は別の変数であることを語る役。同時に、自社に人が揃っていたという前提の特殊性も自ら認める。
理論: 用途の不足を、感想ではなく仕様の言葉で指摘することを製品開発の起点に置いた
ジャック・マー(馬雲):プラットフォーム
「自前で揃えなくてよい」という反対の道を担当。可視性・決済・信用を共有インフラとして借りる設計と、その対価(手数料・データの帰属・撤退コストの上昇)の両方を語る役。
理論: 各社が自前で持てない可視性・決済・信用を、共有インフラとして供給する事業設計
サム・ウォルトン:小売・現場
「業務の見える化」と投資の順序を担当。安い道具で毎週同じ数字を見る規律が先だと説く一方、自ら1987年の衛星通信網2,400万ドルを持ち出し「詰まる場所が見えてから張る」という順序論に落とす役。
理論: 反復の規律を資産とする経営。週次で同じ数字を読み、詰まる工程を実測してから投資する
アル・ライズ:ポジショニング
他の三者への切り返し役。自前だろうとプラットフォームだろうと、絞れていなければ同じだと断ずる。ただし自身の理論のBtoBへの適用限界は断定を避ける。
理論: ポジショニング。市場とは席数の限られた記憶の棚であり、競争とはその空席を取る作業だとした
収束したのは「始点は道具ではない」、分かれたのは自前か、他人のプラットフォームか
四人が別々の経路から同じ一点に着いた。始点は道具の購入ではなく、「誰に何を繰り返し言うか」(ライズ)と「誰が受け取るか」(ウォルトン)の二つの決定である。記事が説く順序——業務の見える化、手作業による半自動化、詰まる工程を実測してからの段階的なシステム投資——は、この二つを決めるための手続きとして読める。対立は二つ残った。第一に、足りないものを自前で埋めるか、他人のプラットフォームで埋めるか。井深とウォルトンは自前を採るが、マーは可視性・決済・信用を借りる道を示す。ただしマー自身が、手数料が毎年かかり続けること、顧客接点と取引記録がプラットフォーム側に貯まること、降りるコストが年ごとに上がることを認めたため、これは優劣ではなく「何を差し出すか」の選択として立った。第二に、安く始めるか、仕組みに投資するか。この対立はウォルトンが自ら1987年の衛星通信網2,400万ドルを持ち出し、「詰まる場所が見えてから張る」という順序で自己解決した。なお、ライズのポジショニング理論が意思決定者の複数いるBtoBの長期購買サイクルで同じように効くかについては、本人が断定を避けている。
学びの読書案内
井深大
用途の不足を、感想ではなく仕様の言葉で指摘することを製品開発の起点に置いた
東京通信工業設立趣意書(1946)/『幼稚園では遅すぎる』(1971)
ジャック・マー(馬雲)
各社が自前で持てない可視性・決済・信用を、共有インフラとして供給する事業設計
アリババ(1999)/Taobao(2003)/Alipay(2004)
サム・ウォルトン
反復の規律を資産とする経営。週次で同じ数字を読み、詰まる工程を実測してから投資する
自伝『Sam Walton: Made in America』(1992)/1987年 自社衛星通信網、1991年 Retail Link
アル・ライズ
ポジショニング。市場とは席数の限られた記憶の棚であり、競争とはその空席を取る作業だとした
『Positioning』(1981)/『The 22 Immutable Laws of Marketing』(1993)
本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。