GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.12

成長戦略/売上拡大2026.09.07約6分

新人を採用せずに営業力を上げる

ソフトウェア工学史 × 世界史 四人の視点

ワッツ・S・ハンフリー × トム・デマルコ × フローレンス・ナイチンゲール × 李世民(唐の太宗)

営業成績に差が出たとき、多くの経営者はまず「誰を採るか」と「どんな研修を買うか」を考えます。しかし記事はこう言います——差は能力の差ではなく行動の差であり、答えはすでに社内にある。ハイパフォーマーの行動を可視化して展開すれば、追加コストをほぼかけずに組織全体を底上げできる、と。ではその展開を、どこまで細かく管理してよいのでしょうか。今宵の酒場にお招きしたのは、この一点で正面から割れる四人です。段階は飛ばせないと説くプロセスの理論家、管理の強化こそがチームを壊すと説く著述家、統計で陸軍を動かした看護実践者、そして異論を個人の勇気ではなく席次にした皇帝。話は早々に噛み合わなくなります。

Cast

  • ワッツ・S・ハンフリープロセス成熟度1927–2010。「ソフトウェアプロセスの父」。IBMで約30年(7か国15拠点・約4,000人を統括)を経て1986年にSEI(カーネギーメロン大)へ移り、能力成熟度モデルを確立した。2003年 全米技術賞。
  • トム・デマルコ人と環境1940年生まれ。ソフトウェア開発の生産性論を、技術の問題から「人と環境」の問題へ移した実務家・著述家。ティモシー・リスターとの共著で知られる。
  • フローレンス・ナイチンゲールデータと可視化1820–1910。クリミア戦争従軍後、統計と可視化によって英国陸軍の衛生行政を動かした看護実践者・統計家。1858年、統計協会(現・王立統計協会)初の女性会員。
  • 李世民(唐の太宗)異論の制度化598年または599年–649年。唐の第2代皇帝。626年の玄武門の変を経て即位し、貞観の治(627–649)と呼ばれる治世を敷いた。

司会

今日の題材は営業組織の底上げです。記事の主張は明快で、営業成績の差は能力の差ではなく行動の差であり、答えは社内にある。ハイパフォーマーの行動を可視化して、ローパフォーマーに展開する。追加コストはほぼゼロです。

トム・デマルコ

前半は同意します。私たちは1984年から3年かけて、92社600人以上の技術者に同じ課題をやらせました。上位4分の1は下位4分の1の2.6倍速い。ただし言語も経験年数も給与も、成績とほとんど相関しなかった。差は確かに個人の能力ではない。ですが行き先が違う。最速の組織と最遅の組織では11倍の開きがあった。差は個人ではなく、組織の環境に付いていたのです。

司会

環境とは。

トム・デマルコ

静かに考えられる時間と、邪魔をされないこと。それだけです。

ワッツ・S・ハンフリー

環境を整えれば自然に揃う、とはいかないでしょう。私はIBMで4,000人の開発者を見た後に成熟度モデルを作った。段階は5つあり、飛ばせません。記録も取っていない組織にいきなり最適化を求めても何も起きない。「自分がどこにいるか分からなければ、地図は役に立たない」。記事が3〜6ヶ月かかると言うのは、段階を一つ上がるのにそれだけ要るという意味です。

司会

特定の手順は、データ分析・インタビュー・営業同行の3ステップだと記事は言います。

フローレンス・ナイチンゲール

順序は正しいけれど、真ん中が一番危うい。看護の覚え書にこう書きました。「誘導質問は、いつも不正確な情報を集める」。成績の低い者に「何が課題だと思うか」と聞けば、聞き手が用意した答えが返ってきます。だから現場に立つ必要がある。

司会

あなたは統計で陸軍を動かした方です。数字だけでは足りないと。

フローレンス・ナイチンゲール

数字は人を動かす道具であって、真実そのものではありません。私は死因の図を色分けして描き、女王にも送りました。図にしたのは、読ませるためです。ただし白状すると、あの図を描いた時点でも私は死亡率の原因を取り違えていた。数えることと、正しく数えることは違います。

司会

実行の側に移ります。記事は管理を目標値・行動・時間の3段階に分け、「自主性を尊重する」という言い訳で管理レベルを上げられないことが成果の出ない最大の原因だと言います。

トム・デマルコ

そこは受け入れられません。私と共著者は、チームを壊す行為を並べたことがある。その中に「個人の時間を細切れにすること」と「目標による管理」の両方が入っています。記事の3段階のうち、一番上と一番下が名指しで入っている。

ワッツ・S・ハンフリー

では測るなと。

トム・デマルコ

いいえ。私は1982年の本の冒頭に「測れないものは統制できない」と書いた人間です。その私が2009年に、同じ雑誌で自分に三つ問いました。あの助言は当時正しかったか。今も妥当か。計測は成功に必須だと今も信じるか。「私の答えは、ノー、ノー、ノーだ」。

司会

撤回の理由は。

トム・デマルコ

費用対効果です。価値が1.1倍にしかならない仕事なら、厳しく統制すれば守れる。価値が50倍になりうる仕事では、統制した分だけ上限が下がる。厳格な統制が効くのは、比較的どうでもいい仕事のほうなのです。

司会

ただ、営業は受注額も成約率も測れます。行動と成果の距離も短い。あなたの論法は「価値が事前に測れないこと」に寄りかかっていませんか。

トム・デマルコ

……その指摘は正しい。私の議論はソフトウェア開発のもので、営業にそのまま移せるとは言いません。ただ一つだけ持ち込ませてください。私が代わりに置いた原則は「人を管理し、時間と金を統制する」です。順番が逆になっていないかを見てほしい。

李世民(唐の太宗)

わたしは展開される側の話をする。上から降ろした正しい型ほど、現場は嫌う。だから諫める者を置いた。ただ、人を選んだだけでは足りぬ。貞観元年に、宰相と三品以上が会議に入るときは必ず諫官を同席させ、誤りがあればその場で諫めよと定めました。

司会

記事も、反発が出たら経営陣から狙いを伝え直せと書いています。

李世民(唐の太宗)

それは上から下ろす経路です。わたしが作ったのは、下から上がる経路のほう。異論を個人の勇気に頼らせず、席次にした。勇気のある者がいなくなれば止まる仕組みは、仕組みとは言えません。

ワッツ・S・ハンフリー

耳が痛い。私の成熟度モデルも、後に認証を取ること自体が目的になった。「最も革新的な企業は、このモデルではレベル1だ」と批判されたこともあります。段階は飛ばせないが、段階が目的になれば同じ場所で止まる。

李世民(唐の太宗)

わたしも認めよう。晩年、諫める者が減ってから始めた遠征は失敗した。自分の即位の記録を見せよと史官に迫ったこともある。型を作った者が、その型から最初に外れるのだ。

司会

収束は一点。差は能力ではなく行動であり、行動は段階を踏んでしか変わらない。3〜6ヶ月は削れる無駄ではなく、必要な時間です。分かれたのは管理の粒度で、ハンフリーとナイチンゲールは測って段階を上げよと言い、デマルコと李世民は、測る側が何を壊しうるかを先に見ておけと言いました。

対談から読み解く、4つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • ワッツ・S・ハンフリー:プロセス成熟度

    「段階は飛ばせない」という視座を担当。記事の3〜6ヶ月のリードタイムと管理レベル3段階に理論的な裏づけを与える役。同時に、自らの成熟度モデルが認証を取ること自体の目的化を招いたことも認める。

    理論: 品質と予測可能性は個人の才能ではなくプロセスの成熟段階に規定され、段階は飛ばせない

  • トム・デマルコ:人と環境

    この回の最大の反論軸。管理の強化がチームを壊すという立場から、記事の管理レベル①③を名指しで否定する役。ただし自らの測定重視を公に撤回した経歴を持ち、単純な測定反対派ではない。

    理論: 生産性は技術ではなく、人と環境(静かに考える時間・信頼・自律)の問題である

  • フローレンス・ナイチンゲール:データと可視化

    特定の3ステップを担当。可視化は説得の設計であり、インタビューの設計には罠があると説く役。自らも当初は死亡率の原因を取り違えていたことを認める。

    理論: 数字を集めることと、意思決定者が動く形にして見せることは別の仕事である

  • 李世民(唐の太宗):異論の制度化

    展開される側の視座を担当。上から降ろした型への反発を、エスカレーションの「向き」の問題として捉え直す役。自身の即位過程と、記録への介入も自ら認める。

    理論: 異論を個人の勇気に頼らせず、席次として制度に組み込む

収束したのは「3〜6ヶ月は削れる無駄ではない」、分かれたのは管理の粒度をどこまで上げてよいか

四人が一致したのは一点だった。差は能力ではなく行動であり、行動は段階を踏んでしか変わらない。ゆえに記事の言う3〜6ヶ月は、短縮を試みるべき無駄ではなく必要な時間である。記事が挙げる失敗のうち「3ヶ月で成果が出なければ終了する」に、四人が別々の経路から反対した。対立は管理の粒度に集中した。ハンフリーとナイチンゲールは測って段階を上げよと説き、デマルコと李世民は、上げることで壊れるものを先に見ておけと返す。デマルコの反論は具体的で、記事が挙げた管理レベルのうち目標値管理と時間管理の両方が、彼のいう「チームを壊す行為」の列挙に名指しで入っている。ただしこの対立は一方的には終わらなかった。司会がデマルコに、その論法は「価値が事前に測れないこと」に依存していないかと問い、本人が営業組織にはそのまま移せないと認めたためである。彼の主張は否定されたのではなく、適用範囲が限定された。もうひとつ、記事にない視点が李世民から出た。記事のエスカレーションは反発が出たら経営陣から狙いを伝え直すという上から下ろす経路だが、彼が作ったのは下から異論が上がる経路のほうであり、しかもそれを個人の勇気ではなく会議の席次として制度にした。最後に四人のうち二人が、同じ種類の告白をしている。ハンフリーは自らの成熟度モデルが認証を取ること自体の目的に変わったことを、李世民は諫言を軽んじた晩年の失敗と、自分の即位の記録に手を入れようとしたことを認めた。仕組みを作ることと、作った本人がそれに従い続けることは、別の問題である。

学びの読書案内

  • ワッツ・S・ハンフリー

    品質と予測可能性は個人の才能ではなくプロセスの成熟段階に規定され、段階は飛ばせない

    SEI技術報告書 CMU/SEI-87-TR-11(1987、5段階の定義)/『Managing the Software Process』(1989)/CMM v1.0(1991)/PSP・TSP

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  • トム・デマルコ

    生産性は技術ではなく、人と環境(静かに考える時間・信頼・自律)の問題である

    『Controlling Software Projects』(1982)/『ピープルウェア』(1987、リスターとの共著)/「Software Engineering: An Idea Whose Time Has Come and Gone?」(IEEE Software, 2009)

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  • フローレンス・ナイチンゲール

    数字を集めることと、意思決定者が動く形にして見せることは別の仕事である

    鶏頭図「Diagram of the Causes of Mortality in the Army in the East」(1858)/『Notes on Nursing』(1859)/陸軍・インドの衛生改革への統計的関与

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  • 李世民(唐の太宗)

    異論を個人の勇気に頼らせず、席次として制度に組み込む

    貞観元年、最上位会議への諫官同席を義務化(『資治通鑑』巻192)/魏徴の諫議大夫抜擢/『貞観政要』(呉兢による8世紀の編纂で、同時代の一次記録ではない)

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本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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