vol.15
テクノロジー活用・DX2026.09.10約7分
「デジタル化した」と「デジタルを武器にした」の差
DX史 × SE史 四人の視点
W・エドワーズ・デミング × エリック・ストルターマン × 藤本隆宏 × ラルフ・キンボール

日本の製造業で、3D CADの利用率は世界水準に近い。それなのに協力会社への設計指示は2D図面のまま、出力は紙のまま——という現場が珍しくありません。MESの普及率は欧州の半分以下で、多くがスクラッチ型・内製です。記事はこの差を「技術の差ではなく思想の差」だと言います。デジタルを道具と見るか、業務プロセス全体を変えるインフラと見るか、と。今宵の酒場は工場の隣にあります。お招きしたのは、品質を工程で作り込めと説き続けた統計学者、日本のものづくりを類型で説明してきた経営学者、DXという言葉の学術的な起点とされる研究者、そしてデータの置き場をどの順番で作るかを考えてきた設計者。話は早々に、記事の前提そのものへ向かいます。
Cast
- デW・エドワーズ・デミング統計的品質管理1900–1993。米国の統計学者・経営コンサルタント。統計的品質管理を体系化し、1950年の来日以降、日本の品質管理運動に関与した。
- スエリック・ストルターマンDX概念の起点存命・生年不明。スウェーデン出身の情報システム/インタラクションデザイン研究者。ウメオ大学を経てインディアナ大学。
- 藤藤本隆宏ものづくりの現場論1955年生まれ。日本の経営学者。三菱総合研究所を経てハーバードでD.B.A.、東京大学ものづくり経営研究センター長を務めた。東京大学名誉教授、現在は東京理科大学大学院 上席特任教授。
- キラルフ・キンボールデータ設計の順序1944年生まれ・存命。米国のデータウェアハウス設計者。ゼロックスPARC、Metaphor Computer Systems を経て独立し、2015年末に引退。
司会
最終回の題材は製造業のDXです。記事はこう言います——欧米との差は技術の差ではなく思想の差だ、と。3D CADの利用率は世界水準なのに、協力会社への指示は2D図面のまま。MESの普及率は欧州の半分以下で、多くがスクラッチ型。ストルターマンさん、DXという言葉はあなたの2004年の論文が起点だと日本では紹介されています。
エリック・ストルターマン
その紹介については、先に事実を申し上げたほうがよいでしょう。あれは査読論文ではなく、6ページのポジションペーパーです。本文に business も company も competitive も一度も出てきません。私が論じたのは「情報システム研究は何を研究対象とすべきか」であって、経営の話は一行も書いていない。
司会
日本では「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と訳されています。
エリック・ストルターマン
その「より良い方向に」は、私の定義文にありません。私が書いたのは、デジタル技術が人間の生活のあらゆる面に引き起こす、あるいは影響する変化、それだけです。価値の方向は付けていない。むしろあの論文は、情報技術が人間から関与を奪う道具になりうるという警告として書いています。
司会
警告が、楽観に反転して輸入された。
エリック・ストルターマン
そうなります。ただ「原義に戻せば解決する」とも申しません。私の定義に戻したところで、2D図面の運用もEDIの乱立も解けはしない。
W・エドワーズ・デミング
では私が問いましょう。あなた方は1950年代に、自分たちで工程を作り替えた人たちです。私が呼ばれて講義したのは技術者で、そのあと社長21名に話した。作り替えたのは日本の現場自身です。あの時に自分で作り替えた人たちが、なぜ今は道具を買うだけで済ませているのですか。
司会
耳の痛い問いです。
W・エドワーズ・デミング
私は繰り返し書いてきました。検査で品質を作り込むことはできない、と。3Dの道具を入れて、出てくるのが紙の図面なら、それは検査を一つ増やしただけです。工程は何も変わっていない。
藤本隆宏
待ってください。同じ事実を、私は別に読みます。協力会社に2Dで渡しているのは、渡した先で人が読んで、解釈して、調整することを前提にした設計だからです。乗用車のように部品どうしを相互に調整しないと性能が出ない製品では、その調整能力そのものが競争力になってきた。
W・エドワーズ・デミング
調整が要るのは、工程に欠陥があるからではありませんか。
藤本隆宏
そこが分かれ目です。ただ私は「日本は強い」と言っているのではありません。製品カテゴリーに固有のアーキテクチャは存在しないと書いてきましたし、一方的なオープン・モジュラー化も一方的なインテグラル化も、ともに幻想だとも書いています。記事の処方箋——標準化、SaaS、国際EDI——が効くのは、パソコンやパッケージソフトのような組み合わせ型に寄った領域です。乗用車の擦り合わせにそのまま当てると壊れる。
司会
領域で線を引く、と。
藤本隆宏
ええ。そして線を引いたうえで申し上げると、日本の経営層に対して私は厳しいほうです。現場が弱いのではない。デジタル化が目的になった事例は、ほぼ機能していません。
ラルフ・キンボール
私は順序の話をします。記事は4つの改革を一体的に進めよと書いている。中小企業に対して、それは実行できない助言です。
司会
では何から。
ラルフ・キンボール
統合の規約だけを先に決めて、実装は動く部門から一つずつです。私の分野でいえば、顧客・製品・日付・拠点といった軸の定義を全社で一本化しておく。そのうえで各部門が自分のところから作る。先に全社の設計図を完成させようとする流儀もありますが、中小企業では終わらないうちに予算が尽きる。
司会
製造業に置き換えると。
ラルフ・キンボール
品目コード・工程コード・取引先コードだけ、先に全社で一本化することです。そこさえ揃っていれば、MESを入れる部門とEDIを直す部門が別々に動いても、後で束ねられる。逆にそこが揃わないまま部門ごとに進めれば、あなた方が今EDIで抱えている多画面問題を、社内に作り直すことになります。
W・エドワーズ・デミング
一つ申し添えます。日本で最も使われているPDCAという言葉を、私は使うなと書きました。あれはシューハートの輪であって、私の改訂版はPDSA——CheckではなくStudyです。照合するのではなく、学ぶ。照合で終わる限り、道具は増えても工程は変わりません。
司会
収束は一点でした。差は道具の有無ではなく、道具を入れた後に工程と権限が変わったかどうかにある。分かれたのは、それをどこまで標準化すべきかで、デミングさんとキンボールさんは規約を先に揃えよと言い、藤本さんは揃えてよい領域と、揃えると壊れる領域があると線を引きました。そしてストルターマンさんは、この議論の出発点にある言葉自体が、輸入の過程で意味を変えていたと指摘しました。
対談から読み解く、4つの軸
なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。
W・エドワーズ・デミング:統計的品質管理
この回で最も鋭い問いを立てる役。かつてデータと工程で世界一の品質を作った国が、なぜ今デジタルで負けているのか。「ツールを入れた=改善した」への最大の批判者。
理論: 品質は検査ではなく工程の改善から生まれる。System of Profound Knowledge と 14 Points
エリック・ストルターマン:DX概念の起点
記事タイトルそのものを担当。ただし「DXの提唱者」という肩書き自体が検証を要するため、司会が検証結果を提示し、本人は論文に書いたことだけを語る構成にした。
理論: デザイン理論。2004年のポジションペーパーで「デジタルトランスフォーメーション」を情報システム研究の対象として提示した
藤本隆宏:ものづくりの現場論
日本側の反論軸。紙図面文化とすり合わせは、遅れなのか標準化で壊れる資産なのか。ただし無条件の日本擁護論者ではなく、経営層には厳しい。
理論: 製品アーキテクチャの類型論(インテグラル型/モジュラー型 × クローズド/オープン)と、組織能力による比較優位
ラルフ・キンボール:データ設計の順序
「4つを一体的に」への現実解を担当。中小企業が全社統合を一度に構想するのは非現実的で、統合の規約だけ先に決め、実装は動く部門から一つずつ、という順序を示す役。
理論: ディメンショナルモデリング。適合ディメンションとバス・アーキテクチャによって、部分から作りながら全体の整合を保つ設計
収束したのは「差は道具の有無ではなく、道具を入れた後に工程と権限が変わったかどうか」、分かれたのはどこまで標準化すべきか
四人が別々の入り口から同じ一点に着いた。差は道具の有無ではなく、道具を入れた後に工程と権限が変わったかどうかである。3D CADを入れて出てくるのが紙の図面なら、それは検査を一つ増やしただけで工程は何も変わっていない。記事のいう「デジタル化した」と「デジタルを武器にした」の区別は、この一点に還元できる。対立は標準化の範囲に集中した。デミングとキンボールは規約を先に揃えよという側に立つ。とりわけキンボールの処方は具体的で、全社統合の設計図を先に完成させようとするのではなく、共通の軸の定義だけを先に一本化し、実装は動く業務プロセスから一つずつ進めよという。製造業に置けば、品目コード・工程コード・取引先コードだけを先に全社で揃えることにあたる。揃えないまま部門ごとに進めれば、いまEDIで起きている多画面問題を社内に作り直すことになる。これに対し藤本は、揃えてよい領域と揃えると壊れる領域があると線を引く。標準化やSaaSや国際EDIが効くのは組み合わせ型に寄った製品領域であり、部品どうしの相互調整で性能が決まる擦り合わせ型にそのまま当てると壊れる。この対立が最も鋭く現れたのが、協力会社への指示が2D図面のままだという同一の事実の読み方だった。藤本はそれを、渡した先で人が読んで解釈し調整することを前提にした設計の現れだと見る。デミングは、調整が必要なのは工程に欠陥があるからではないかと問い返す。そしてもう一つ、記事の前提そのものに留保がついた。DXの原義を「生活をより良い方向に変える」とする日本語の定義は、原文にない価値判断を足したものであり、元の論文はむしろ警告として書かれていた。ただしストルターマン自身が、原義に戻せば解決するとは言わない。原義に戻したところで、2D図面の運用もEDIの乱立も解けはしないからである。
学びの読書案内
W・エドワーズ・デミング
品質は検査ではなく工程の改善から生まれる。System of Profound Knowledge と 14 Points
『Out of the Crisis』(1982)/1950年の日科技連での講義とデミング賞創設(1951)/PDSAサイクル(本人はシューハート・サイクルと呼び、PDCAという呼称を明確に拒否した)
エリック・ストルターマン
デザイン理論。2004年のポジションペーパーで「デジタルトランスフォーメーション」を情報システム研究の対象として提示した
Stolterman & Croon Fors, 「Information Technology and the Good Life」(IFIP WG8.2, 2004)/Nelson & Stolterman, The Design Way
藤本隆宏
製品アーキテクチャの類型論(インテグラル型/モジュラー型 × クローズド/オープン)と、組織能力による比較優位
『能力構築競争』(2003)/『日本のもの造り哲学』(2004)/藤本・延岡「アーキテクチャと国際競争力」(2003)
ラルフ・キンボール
ディメンショナルモデリング。適合ディメンションとバス・アーキテクチャによって、部分から作りながら全体の整合を保つ設計
『The Data Warehouse Toolkit』(1996年初版〜)
発言の背景にある出来事
W・エドワーズ・デミング
「あなた方は1950年代に、自分たちで工程を作り替えた人たちです」
1950年の来日と、日本側の主体性(1950〜51年)
デミングは1950年6月に来日し、日本科学技術連盟が主催する統計的品質管理の講習で講義した。中心の聴衆は技術者だったが、技術者だけでは変わらないと考え、7月に社長21名へ、8月には箱根で経営者向けの講義も行っている。講義録の印税が寄付され、それを基金として1951年にデミング賞が創設された。ただし「デミングが日本の品質を作った」という語り方は史実の範囲を超えやすい。石川馨や田口玄一ら日本人研究者の独自の貢献があり、現場が自ら工程を作り替えたことこそが実質だった。対談で彼が「あなた方が作り替えた」と言うのは、この主体性を指している。
エリック・ストルターマン
「その「より良い方向に」は、私の定義文にありません」
2004年の論文と、日本語訳で足された価値判断
「デジタルトランスフォーメーション」という語の学術的な起点とされるのが、2004年のIFIP WG8.2会議に提出されたストルターマンとAnna Croon Forsの文書である。ただし収録区分は査読論文ではなく全6ページのポジションペーパーで、本文に business・company・competitive の語は一度も現れない。論旨は「情報システム研究は何を研究対象とすべきか」であり、経営の話は書かれていない。定義文は原文では価値中立に「デジタル技術が人間の生活のあらゆる面に引き起こす、あるいは影響する変化」とあるだけで、日本で広く引かれる「より良い方向に」は原文に存在しない。しかも同論文はマルクーゼらの議論に依拠し、情報技術が人間から関与を奪う道具になりうると警告する内容だった。
藤本隆宏
「製品カテゴリーに固有のアーキテクチャは存在しない」
製品アーキテクチャの類型論(インテグラル型とモジュラー型)
製品の設計思想を、部品どうしを相互に調整しないと性能が出ない「インテグラル(擦り合わせ)型」と、決められた接続規格で部品を組み合わせる「モジュラー型」に分け、さらに規格が社内に閉じるか業界に開かれるかで区別する枠組み。乗用車やオートバイは擦り合わせ型の代表、パソコンやパッケージソフトは開かれた組み合わせ型の代表とされる。日本企業が擦り合わせ型に強いとされてきたのは、長期雇用や多能工、現場の問題解決能力といった組織能力がその調整に向いていたからだと説明される。ただし本人は「一方的なオープン・モジュラー化も、一方的なインテグラル化も、ともに幻想であろう」と書いており、無条件に日本を擁護する立場ではない。
ラルフ・キンボール
「統合の規約だけを先に決めて、実装は動く部門から一つずつ」
適合ディメンションとバス・アーキテクチャ
データウェアハウスの設計思想のひとつ。全社で共通に使う軸——顧客、製品、日付、拠点など——の定義だけを先に一本化しておき(適合ディメンション)、各部門はそれを再利用する義務を負ったうえで、自分の業務プロセスから順にデータの置き場を作っていく。行に業務プロセス、列に共通の軸を並べた設計図をバス・マトリクスと呼ぶ。全社統合の設計図を先に完成させてから実装に入る流儀(ビル・インモンの立場)と長く対立してきたが、決着はしていない。キンボール側の要点は「部門から作れ」ではなく「規約は先、実装は後から一つずつ」であり、規約が守られなければサイロ化するという弱点も併せ持つ。
本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。