GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.14

成長戦略/売上拡大2026.09.09約6分

「商品を変えずに売り方を変えた」ワークマン

マーケティング史 四人の視点

エスティ・ローダー × デイヴィッド・オグルヴィ × ウォルト・ディズニー × アマンシオ・オルテガ

コロナ禍でアパレルが軒並み苦しんだ2020年、ワークマンは3月・4月・5月の全店売上を前年比17.7%増・5.7%増・19.4%増と伸ばしました。要因は大規模な設備投資でも新商品でもなく、二つの仕組みへの長期投資だと言われます。全社員のデータ研修制度と、広告費をほぼかけない製品開発アンバサダー制度です。「広告費0円でファンが広めてくれる」——魅力的な話です。ですが本当に0円なのでしょうか。今宵の酒場にお招きしたのは、いずれも「無料で広げる」ことを実際にやった四人。うち二人は、その手法が自分にとって思想ではなく制約だったと認めます。そして一人は、熱量を集めながら語り口だけは決して渡しませんでした。

Cast

  • エスティ・ローダー無料サンプルの原型1906年または1908年–2004年。米国の化粧品事業家。1946年に創業し、百貨店カウンターでの実演販売と無料サンプルを軸にブランドを築いた。本人が生涯年齢の公表を避けたため生年に諸説がある。
  • デイヴィッド・オグルヴィ調査とブランド1911–1999。英国出身の広告人。世論調査会社での経験を経て1948年にニューヨークで広告代理店を創業し、調査に基づく広告とブランドの長期的一貫性を説いた。
  • ウォルト・ディズニー体験と編集権1901–1966。米国のアニメーション制作者・事業家。キャラクターの商品化とテーマパークにより、体験の一貫性を事業の基盤にした。
  • アマンシオ・オルテガ小売とデータ1936年生まれ。スペインの実業家。1963年に縫製業を興し、1975年にZARA1号店、1985年にインディテックスを設立した。極端に取材を避けたことで知られ、一次情報が乏しい。

司会

今日の題材はワークマンです。コロナ禍の2020年3〜5月に全店売上を前年比17.7%増・5.7%増・19.4%増と伸ばし、2016年から2020年3月期のCAGRは14.27%。記事はその要因を、大規模な設備投資でも新商品でもなく、二つの仕組みへの長期投資だと言います。全社員のデータ研修制度と、広告費をほぼかけない製品開発アンバサダー制度です。

エスティ・ローダー

わたくしから始めましょう。うちも広告枠を買う金がなかった。だから1959年、口紅を買ってくださったお客様に淡いターコイズのコンパクトをお付けした。売り場で無料のものを配って本命を売るという、あの形の始まりです。効きました。

司会

記事の「広告費0円」を裏づける話に聞こえます。

エスティ・ローダー

そこは正しておきます。あれは思想ではなく、制約です。金ができてからどうしたか。いまのわたくしの会社は、広告と販促に年間36億ドルほど使っています。売上の2割を超える。「かけなかった」のではなく「かけられなかった」のです。

デイヴィッド・オグルヴィ

そこに乗ります。私が問いたいのは金額ではない。無料で得た露出は、誰のものかということです。あなたのサンプルは、あなたの店の、あなたの販売員の手から渡った。像はあなたが握っていた。ワークマンのアンバサダーは社外の個人で、書く内容は本人のものです。

司会

報酬を払わないぶん、指示もできない。

デイヴィッド・オグルヴィ

ええ。それは弱点ではなく設計です。ただし編集権を手放したという自覚があるかどうかで、後で起きることが変わる。

ウォルト・ディズニー

私も熱量は集めました。1930年にミッキーマウス・クラブを作り、1932年には全米800か所を超え、会員は100万人に達した。ただし信条も、集会の進め方も、こちらで決めています。

司会

ファンの自発性に任せなかった。

ウォルト・ディズニー

任せませんでした。1954年に自分の名前を冠したテレビ番組を始め、その放映料でパークを建てた。宣伝にはなりましたが、流していたのは中身まで自分たちで作った編集物です。熱を集めることと、語り口を渡すことは、別に決められる。

司会

ただ、統御には代償もあったのでは。

ウォルト・ディズニー

あります。私の署名のように流れている言葉の多くを、実際には社の書き手が書きました。後年の側近が自分でそう明かしています。像を統御しきると、最後は本人の声までブランドの声になる。

アマンシオ・オルテガ

わたしは数字の話をします。うちの広告費は売上の0.3%程度で、業界の平均は3〜4%です。

司会

これも「広告費0円」を支持する例に見えます。

アマンシオ・オルテガ

見え方が逆です。浮かせたのではなく、置き換えただけです。広告に払わない分は、一等地の賃料と出店に入っている。変動費だったものを固定費にしたのだから、回転と粗利を保てなくなった瞬間に効かなくなる。誰にでもできる置き換えではありません。

司会

もう一つの柱、データ研修制度はいかがですか。全社員に分析力を装備させ、部長昇進の条件にまでしています。

アマンシオ・オルテガ

情報を集める点では同じことをしています。店長は毎日、売れ筋も不振も返品も、試着したのに買わなかったものまで本部に送る。ただし違いが一つある。うちの店長は提案者で、決めるのは本部の商品担当です。情報を集めることと、現場に決めさせることは別の設計です。

デイヴィッド・オグルヴィ

データについては私からも一つ。調査を無視する広告人は危険だと私は書いてきました。研修そのものには賛成です。ただ調査が答えられるのは「何が既に効いたか」だけです。報酬を払わないアンバサダーという前例のない制度は、始める前に測る対象が存在しない。全員が数字を扱えることと、正しい問いを立てられることは、同じではない。

エスティ・ローダー

無料で配ることの代償も申し上げておきます。お客様は、おまけが付くまで買わない習慣を覚えます。うちの業界はそれを数十年やめられていない。ファンを資産と呼ぶなら、負債の側も同じ帳簿に載せておくことです。

司会

収束は一点。広告費0円という言い方は、費用が消えたのではなく別の勘定に付け替わっているだけだということでした。ローダーさんは後年の広告費に、オルテガさんは立地の固定費に、ディズニーさんは自分たちで編集物を作る手間に。分かれたのは、その付け替えと引き換えに発信物の編集権を手放すか、握り続けるかです。

対談から読み解く、4つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • エスティ・ローダー:無料サンプルの原型

    アンバサダー制度の原型を担当。ただし「広告費0円」を支持する側ではなく、それが思想ではなく制約だったと自ら明かす役。無料で配ることの代償も語る。

    理論: 本命商品を売るために別商品の購入者へ計画的に無料品を配る仕組み(Gift with Purchase)の標準化

  • デイヴィッド・オグルヴィ:調査とブランド

    この回の問いを立てる役。「無料で得た露出は、誰が像を統御するのか」と定式化する。データ研修制度への留保も担う。

    理論: 調査に基づく広告。ブランドイメージは一貫した長期投下によって作られる

  • ウォルト・ディズニー:体験と編集権

    熱量を集めながら像は手放さなかった側。ワークマンと構造が並行しつつ結論が正反対の先行例。統御しきったことの代償も自ら認める。

    理論: 熱量を集めながら、発信物の編集権は自社が握る。体験の一貫性を仕掛けで担保する

  • アマンシオ・オルテガ:小売とデータ

    数字で場を反転させる役。広告費0.3%の裏側を明かし、「情報を集めること」と「現場に決めさせること」は別だとデータ研修制度に留保をつける。

    理論: 垂直統合と短サイクル。店頭の反応を最短で商品計画に返す

収束したのは「広告費0円は、費用が消えたのではなく別の勘定に付け替わっているだけ」、分かれたのは編集権を手放すか握るか

四人が別々の経路から同じ一点に着いた。広告費0円という言い方は、費用が消えたのではなく別の勘定に付け替わっているだけである。エスティ・ローダーの1959年の無料サンプルは、広告枠を買う資金がなかったという制約から生まれたもので、資金ができた後の同社は現在、広告と販促に売上の2割を超える額を投じている。アマンシオ・オルテガのZARAは広告費を売上の0.3%程度に抑えているが、浮かせたのではなく一等地の賃料と出店に置き換えただけであり、変動費を固定費にした以上、高い回転と粗利を保てなくなった瞬間に効かなくなる。ウォルト・ディズニーは自社で編集物を作る手間を払った。記事が説く「大規模な資本投資なしに成長できる」という主張は、付け替え先を明示しない限り成立しない。対立はデイヴィッド・オグルヴィが立てた問いに集約された。無料で得た露出は、誰が像を統御するのか。ローダーのサンプルは自社の店で自社の販売員の手から渡っており、像は彼女が握っていた。ワークマンのアンバサダーは社外の個人であり、書かれる内容は本人のものである。これは弱点ではなく設計だが、編集権を手放したという自覚があるかどうかで後に起きることが変わる。ディズニーは正反対の道を選んだ。1930年に始めたミッキーマウス・クラブは1932年に会員100万人に達したが、会の信条も集会の進め方も会社が定めていた。ただし彼はその代償も認めている。像を統御しきると、最後は本人の声までブランドの声になる。もう一方の柱であるデータ研修制度には、二つの留保がついた。調査が答えられるのは何が既に効いたかだけであり、報酬を払わないアンバサダーという前例のない制度は始める前に測る対象が存在しないこと。そして、ZARAも同じように現場から情報を集めているが、店長は提案者であって決めるのは本部であり、情報を集めることと現場に決めさせることは別の設計だということである。

学びの読書案内

  • エスティ・ローダー

    本命商品を売るために別商品の購入者へ計画的に無料品を配る仕組み(Gift with Purchase)の標準化

    自伝『Estée: A Success Story』(1985)/1959年の百貨店カウンターにおけるGWP/ニーマン・マーカス、サックス・フィフス・アベニューへの参入

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  • デイヴィッド・オグルヴィ

    調査に基づく広告。ブランドイメージは一貫した長期投下によって作られる

    『Confessions of an Advertising Man』(1963)/『Ogilvy on Advertising』(1983)/ロールス・ロイス(1958)、ハサウェイシャツ(1951〜)、シュウェップス(1953〜1971)

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  • ウォルト・ディズニー

    熱量を集めながら、発信物の編集権は自社が握る。体験の一貫性を仕掛けで担保する

    ミッキーマウス・クラブ(1930年結成、1932年に全米800か所超・会員100万人)/ディズニーランド開園(1955)/テレビ番組『Disneyland』(1954〜)による資金調達と宣伝の一体化

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  • アマンシオ・オルテガ

    垂直統合と短サイクル。店頭の反応を最短で商品計画に返す

    設計から店頭まで15日というサイクル/店長からの日次フィードバック体制/広告費を売上の約0.3%に抑え、一等地の店舗立地へ振り向ける構造

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発言の背景にある出来事

  • エスティ・ローダー

    「1959年、口紅を買ってくださったお客様に淡いターコイズのコンパクトをお付けした」

    Gift with Purchase の標準化(1959年)

    エスティ・ローダーは1946年の創業当初、広告枠を買う資金がなかった。そこで採ったのが、百貨店の売り場で本命商品の購入者に別の品を無料で添えるという方法である。1959年に配った淡いターコイズ色のコンパクトが、百貨店カウンターにおけるこの形(Gift with Purchase)の最初の例とされる。なお無料サンプル自体は19世紀に遡るため「発明者」という言い方は過大で、彼女に帰せるのは「本命を売るために別の品を計画的に配る仕組み」を標準化した点である。この手法は業界に定着した一方、消費者に「おまけが付くまで買わない」習慣を学習させ、業界は数十年それをやめられずにいる。

    ↑ 本文の発言に戻るエスティ・ローダー(Wikipedia) ↗

  • デイヴィッド・オグルヴィ

    「調査を無視する広告人は危険だと私は書いてきました」

    調査に基づく広告という立場(1948年〜)

    オグルヴィは広告代理店を興す前、世論調査のギャラップ社で調査員として働いていた。1948年にニューヨークで自らの代理店を創業した際、社長ではなく「調査担当副社長」に自分を置いたほどで、勘や思いつきではなく調べたことから広告を作るという立場を貫いた。著書では、調査を無視する広告人を、敵の通信の解読を無視する将軍にたとえている。ただし彼が信頼したのは「既に起きたことを測る」調査であって、前例のない施策の成否を事前に言い当てる道具ではない。この区別が、対談でデータ研修制度を評価する際の彼の立ち位置になっている。

    ↑ 本文の発言に戻るデイヴィッド・オグルヴィ(Wikipedia) ↗

  • ウォルト・ディズニー

    「1930年にミッキーマウス・クラブを作り」

    ミッキーマウス・クラブ(1930年結成)

    映画館で土曜の午前に開かれる子ども向けの会員組織として1930年に始まり、1932年には全米800か所を超え、会員は100万人に達したとされる。注目すべきは、集まった熱量を自発性に委ねなかった点である。会の信条も、集会の進め方も、会社側が定めた型に沿っていた。ファンを組織化しながら、そこで語られる内容の編集権は手放していない。1954年に始めた自社名を冠したテレビ番組も同じ構造で、放映料でパークの建設資金を得つつ、流す中身は自分たちで作った編集物だった。熱量を集めることと、語り口を渡すことは別に決められる——という対談の論点は、ここから来ている。

    ↑ 本文の発言に戻るミッキーマウス・クラブ(Wikipedia) ↗

  • アマンシオ・オルテガ

    「試着したのに買わなかったものまで」

    店舗からの日次フィードバックと15日サイクル

    ZARAでは店長が毎日、売れ筋・不振・返品に加えて「試着したが買わなかったもの」や客の声を本部へ送る。受け手は国・商品別の担当者で、デザイナーや生産計画担当と同じフロアに座り、その場で判断する。設計から店頭までは15日とされ、シーズン途中でも作るものを変えられる。ただし重要なのは権限の所在で、店長は提案者であって決定者ではない。決めるのは本部である。情報を現場から集めることと、現場に決めさせることは別の設計だ——この区別が、全社員にデータ分析力を装備させたワークマンとの対比になっている。

    ↑ 本文の発言に戻るZARA(Wikipedia) ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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