
「商品を変えずに売り方を変えた」ワークマンが示す— データ経営とアンバサダー戦略
2026.08.31GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—ワークマンの成長は「制度の設計」と「マーケティングの発想転換」で実現した
コロナ禍でアパレル業界が軒並み業績悪化する中、ワークマンは2020年3月・4月・5月の全店売上高をそれぞれ前年比17.7%増・5.7%増・19.4%増と伸ばし続けました。2016年3月期から2020年3月期の全店総計売上のCAGRは14.27%、2019年には1,000億円を突破しています。この成長の裏にあるのは、大規模な設備投資でも画期的な新商品でもありません。①全社員のデータリテラシーを底上げする「データ研修制度」という組織への投資と、②広告費をほぼかけずに既存ファンをアンバサダーに転換する「製品開発アンバサダー制度」という2つの「仕組み」への長期的な投資が、持続的な成長を支えています。ワークマンは1984年創業、群馬県に本社を置く作業服関連製品の上場フランチャイズ企業です。建設業などの職人向け作業服の日本最大手として長年安定した業績を残してきた老舗企業ですが、2015年以降の「ワークマンプラス」立ち上げを転機に急成長を遂げています。
2|なぜコロナ禍でも成長できたのか—成長の前提条件となった戦略転換
ワークマンの急成長の転換点は2015年の「ワークマンプラス」というPB(プライベートブランド)の立ち上げです。もともと職人向けの高機能作業服を製造していた技術力を活かし、アウトドア・スポーツ・日常着のファッション分野に進出したことで、従来の顧客層(職人)に加えて一般消費者という新たな顧客層を獲得しました。ワークマンの成長が示す重要な示唆は「既存の強みを新しい文脈に置き直すと新市場が開く」です。高機能・高耐久・低価格という作業服で培った特性が、アウトドアやスポーツの文脈で「コスパが高い」という価値として再解釈されました。商品の機能そのものを変えることなく、ターゲットと文脈を変えることで売上を拡大させた事例です。
しかし、この戦略転換だけでは説明できない持続的成長の要因として、社内の制度設計とマーケティング方法論の革新があります。以下ではその2点を詳しく分解します。
3|データ研修制度—「AI任せ」ではなく「全員がデータで考える」組織を作る
多くの日本企業では、データ分析はITの専門人材や外部コンサルタントに委託するのが一般的です。しかしワークマンは、全社員がデータを扱える能力を持つという方針を取りました。その実装手段が「データ研修制度」です。▶ データ研修制度の設計—3段階の習熟経路
さらに2015年からは、部長への昇進条件として「データ分析力」が必須とされています。「データに強い人材が組織の中枢を担う」という価値観を人事制度に組み込むことで、形骸化することなく制度が機能し続ける仕組みです。
▶ 「AIに任せれば良い」という発想の危うさ 2020年現在、AIによってデータ分析の自動化が進んでいます。しかしワークマンの専務取締役は「AIはたちどころに結果を教えてくれる。だからこそ社員が考えなくなってしまう」と語っています。AIのアウトプットを正しく解釈しビジネスに活かすためには、データを扱う思考回路と因果関係を見極める判断力が前提として必要です。この判断力を全社員に装備させることが、ワークマンのデータ研修制度の本質です。
ワークマンのデータ研修制度が示す経営への示唆: 「AI」「ビッグデータ」「DX」といったトレンドへの外部投資も成長手段のひとつです。しかし一方で、社員へのデータ教育体制を整備することは、より建設的かつ本質的な企業の将来への投資である可能性があります。外部に依存するのではなく、社内にデータで考える文化を根付かせることが、持続的な意思決定の質向上をもたらします。
4|製品開発アンバサダー制度—「既存ファン」を広告費0円の販促力に変える
ワークマンには「製品開発アンバサダー制度」と呼ばれるマーケティング制度があります。SNS・ブログなどでワークマンの製品を好んで着用・紹介しているインフルエンサーを広報部が発掘し、ワークマンの「アンバサダー」として任命する制度です。2019年に始まり、2020年中に50人まで拡大することを目標としていました。▶ アンバサダー制度の仕組み—金銭的報酬なしのWin-Win設計
この制度の最大の特徴は、選ばれたアンバサダーはワークマンから直接の金銭的報酬を受け取らないという点です。代わりに、アンバサダー自身のPV・フォロワー数・動画再生回数が伸びるよう、ワークマン側が露出拡大に全面協力します。
アンバサダーの立場からは「フォロワー数・再生回数が伸びる」という自分のメディアとしての成長メリットがあり、ワークマンの立場からは「広告費をかけずに継続的な宣伝効果とリアルな製品フィードバックが得られる」という経営メリットがあります。
▶ 従来型インフルエンサーマーケティングとの本質的な違い
【アンバサダー制度が成立するための前提条件】 ワークマンのアンバサダー制度は、すでに多数のファンが自発的に製品を愛用し情報発信しているという事実の上に成立しています。ファンがいない状態でアンバサダーを「作ろう」としても機能しません。また、ターゲット層に訴求力を持つインフルエンサーを発掘する広報部の調査工数も必要です。「既存の熱狂的なファンがいるか」という自社の現状評価が、この施策の適用判断の出発点です。
5|2施策の横断分析—ワークマン成長の共通する構造
データ研修制度とアンバサダー制度は、表面的には全く異なる施策に見えます。しかし両者には共通する設計思想があります。
ワークマンの成長が中小企業の経営者に示す最大の示唆: 「大規模な資本投資なしに持続的な成長を実現できる」という事実です。全社員へのデータ教育は毎期少しずつコストをかけながら組織の能力を高める投資であり、アンバサダー制度は広告費をほぼかけずに既存資産(ファン)を活用する知恵です。「どんなリソースがあるか」ではなく「あるリソースをどう組み合わせるか」という発想が成長を生みます。
6|自社に転用するための判断軸—2施策の適用可能性の評価
▶ データ研修制度の転用—自社の「データリテラシー水準」を評価する データ研修制度を自社に転用する場合、まず「現在の社員のデータリテラシーはどの水準か」を評価することが出発点です。エクセルを使った基本的なデータ整理が全員にできているか、売上・コストのデータから傾向を読み取る習慣があるかを確認します。いずれもできていない場合、まず月1回程度の社内勉強会からスモールスタートできます。ポイントは「昇進条件にデータ分析力を組み込む」というワークマンのアプローチです。「学んだ方がいい」という任意の取り組みでは定着しません。評価・昇進・配置という人事制度とデータリテラシーを連動させることで、形骸化しない制度になります。
▶ アンバサダー制度の転用—自社に「自発的なファン」がいるかを確認する アンバサダー制度を転用するための第一の条件は「自社の製品・サービスについて、金銭的報酬なしに自発的に情報発信してくれている人が存在するか」です。SNS・レビューサイト・口コミ等で自社を紹介している人を探すことが、アンバサダー候補の発掘の出発点です。規模や予算の面で著名なインフルエンサーへの依頼が難しい中小企業にとって、「小さな熱狂的なファンを身内に取り込む」アンバサダー戦略は現実的な代替手段です。金銭的報酬なしでも、新商品の先行開示・公式アカウントでの紹介という「露出支援」を提供することでWin-Winの関係が成立するかどうかを評価してください。
7|経営判断チェックリスト—ワークマンの2施策を自社に転用できるかの確認
✓ 社員がデータを基に意思決定する習慣が薄く、感覚・経験に頼った判断が多い ✓ データ分析を外部委託またはIT担当者のみに依存しており、コストと属人化が課題 ✓ 経営幹部がデータを読む習慣がなく、現場と経営層の判断軸に乖離がある ✓ 広告費を使ったインフルエンサーマーケティングに費用対効果を感じられていない ✓ 自社製品・サービスについて自発的に発信してくれているファン・ユーザーが存在している ✓ 既存顧客との長期的な関係構築を通じた低コストのブランド拡大を模索しているワークマンの成長は「商品を変えずに売り方を変えた」という言葉に集約されます。しかしその「売り方の変え方」の根底には、データで考える組織文化の醸成と、既存のファンという資産を最大化する制度設計という、地道で長期的な仕組みへの投資がありました。中小企業が大企業並みの広告予算を持たなくても、この2つの発想は規模を問わず転用できます。