GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.22

組織・人材戦略2026.09.23約9分

コンサルは職種ではなく育成できるタレントである

持ち出せるものに、会社はなぜ払うのか

ゲイリー・ベッカー × ダグラス・マグレガー × フレデリック・ハーズバーグ × 松下幸之助

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未経験者を100%採用し、月60時間の伴走で一流に育てる。この育成論は、本当に成り立つのか。人的資本を一般と企業特殊に分けた経済学者、X理論・Y理論で経営者の側の仮定を問うた社会心理学者、満たすものと不満を消すものは別だと説いた心理学者、そして不況下で給与を全額払ってから売りに出てもらった実業家。四人は記事の五層を否定せず、記事が持っていない理由で裏づけ直します。

Cast

  • ゲイリー・ベッカー人的資本1930–2014。シカゴ大学の経済学者で、経済学の手法を教育・家族といった非市場領域へ広げた。人的資本を、他社でも通用する一般的なものと、その会社でしか役に立たない企業特殊的なものに分け、前者を会社が負担すると育った人が辞めた瞬間に回収できないと論じた。企業が一般的訓練を負担する事例が現実に多いことは彼の理論最大の弱点として知られ、後の研究が「社外から見えにくく、動きにくい」3条件のもとでなら企業負担が成立すると整理している。
  • ダグラス・マグレガー仮定1906–1964。MITスローン経営大学院の社会心理学者で、アンティオック大学の学長も務めた。理論家であると同時に実際に組織を率いた人物である。X理論/Y理論は人の2分類ではなく、経営者が抱いている人間についての仮定を指す。仮定が制度を決め、制度が人の振る舞いを作り、結果として仮定が裏づけられる——この循環を指摘した点に核心がある。「人は生まれつき受け身なのではない。そうなったのは組織で経験した結果である」という一文は、1957年のMIT創立記念講演に見える。
  • フレデリック・ハーズバーグ二要因1923–2000。臨床心理学者で、動機づけ研究を職場に持ち込んだ。ピッツバーグの技師・会計士203名への面接調査から、人を満たすものと不満を消すものは別だと結論した。給与・労働条件・人間関係は足りなければ不満になるが、足りても意欲にはならない。意欲を生むのは達成・承認・仕事そのもの・責任・成長のほうである。研修で人を鼓舞する手法を「KITA(尻を蹴る)」と呼んで退け、変えるべきは仕事の中身だと主張した。
  • 松下幸之助順序1894–1989。松下電器産業の創業者。事業の目的を社会的使命として言語化し、そこから人・組織・販売網・財務まで逆算した。1932年5月5日には全店員を集めて事業の使命を語り、その年を命知元年と呼んでいる。ただし理念だけで人が動いたわけではない。1929年の不況時には工場を半日勤務としながら給与は全額支給し、そのうえで社員総出で在庫を売りに出てもらった。不満の種を先に消し、それから仕事そのものを渡すという順序が、彼の実務の中にある。

実線の下線↗は元記事の該当箇所(別タブ)、点線の下線は下の「発言の背景にある出来事」へ移動します。

司会

「コンサルは職種ではなく育成できるタレントである」。未経験者を100%採用して、伴走で一流にする。本当にできるのでしょうか。

ダグラス・マグレガー

その研修の話の前に、ひとつだけ。あなたは、その未経験者を何だと仮定していますか。私は「人は生まれつき受け身なのではない。そうなったのは組織で経験した結果である」と書きました。言われたことだけやる人間だと見なして、細かく指示を出し、自分では決めさせないでおく。すると本当に指示待ちになる。そして「やはりそうだった」と確かめた気になる。 仮定が先で、事実は後からついてくるのです。

司会

記事は「マインド・スタンスが土台で、スキルはその上」と言っています。

フレデリック・ハーズバーグ

土台が要るという点には同意します。ただし、それを心構えの研修でやろうというなら反対だ。私が犬を蹴れば、犬は動く。また動かしたければ、また蹴るしかない。動いたのは犬だが、動機づけられているのは私のほうです。——私はこれを KITA、尻を蹴る、と呼びました。研修で人を鼓舞するのも同じで、蹴るのをやめれば止まる。仕事の中身が変わっていないからです。

ダグラス・マグレガー

私は態度を教えろとは言っていません。変えるべきは経営者の側の仮定であって、社員の心構えではない。

ゲイリー・ベッカー

経済の話をさせてください。月に六十時間、会社が育成に投じている。そこで身につくのは論理的思考や資料作成でしょう。どこの会社でも通用します。私は知識を二つに分けました。その会社でしか役に立たないものと、どこへ行っても使えるものです。後者を会社が払って育てると、育った人が辞めた瞬間に回収できない。だから理屈のうえでは、その費用は本人が——低い賃金という形で——負担するのが筋になります。

司会

では記事のやり方は非合理だと。

ゲイリー・ベッカー

いえ。企業が一般的な訓練を負担する例は現実に多く、そこが私の理論の最大の弱点でした。後の研究が、会社が払っても回収できる条件を三つ挙げています。ひとつ、その人が何をどこまでできるようになったかは、外から見えない。だから他社は高い給料を出せない。ふたつ、人を探して入れ替えるにも手間と金がかかる。だから簡単には引き抜かれない。みっつ、賃金には下限があるから、育つ前の給料をそこまで下げられない代わりに、育った後の給料も市場ほどは上がらない。この三つが揃うと、育てた分の取り分が会社に残ります。

司会

三つとも「社外から見えにくい、動きにくい」という話ですね。

ゲイリー・ベッカー

そうです。ですから問うべきは「良い投資か」ではなく、自社でその三つが揃っているかです。

フレデリック・ハーズバーグ

評価の話も一つ。私は面接調査から、人を満たすものと、不満を消すものは別だと結論しました。給料・労働条件・人間関係——これらは足りなければ不満になるが、足りても意欲にはならない。獲得粗利は給料に直結しますから、こちら側です。定量と定性を足せば動機づけになる、という計算は成り立たない。片方がゼロなら、足しても掛けてもゼロです。……ただし「処方箋としてのフィードバック」は別だ。あれは仕事の中身に触れている。そこは私の側の話です。

松下幸之助

私は「松下電器は物をつくる前に人をつくる会社である」と言い続けてきました。……ただ、理念だけで人が動いたわけやないんです。昭和四年、不況で在庫が積み上がったとき、工場は半日にしましたが、給与は全額出しました。先に暮らしの不安を取り除いて、それから店員総出で売りに出てもらった。順序が逆では、使命の話は届きません。

フレデリック・ハーズバーグ

それは私の言ったことと矛盾しません。不満の種を先に消して、それから仕事そのものを渡した。順番が合っています。

ゲイリー・ベッカー

最後に一つだけ。六十時間かけて能力が形成されたのか、六十時間に耐えられる人だけが残ったのか。成果の数字では区別がつきません。

ダグラス・マグレガー

区別がつかないなら、どちらだと仮定するかを選ぶことになる。そしてその仮定が、次の制度を決めます。

司会

整理します。マグレガーさんは「あなたは人を何だと仮定しているか」、ベッカーさんは「その三条件が自社にあるか」、ハーズバーグさんは「足し算では動機づけにならない」、松下さんは「順序が逆では届かない」。元記事の論点に当てはめれば、順に「コンサル能力は先天的な才能か」「リスキリングは投資か費用か」「評価は定量指標だけでよいか」「マインド・スタンスが土台という五層の順序」です。 ——ただ、こうして並べると、記事の五層が違って見えてきます。記事はあれを積み上げの順序として書いている。けれどベッカーさんの区別を当てると、上の層ほどよそでも通用し、下の層ほどこの会社にしかない。スキルもナレッジも持ち出せます。マインドとスタンスは持ち出せません。

ゲイリー・ベッカー

そのとおりです。会社が費用を負担して合理的なのは、持ち出せないものだけでした。ところが記事の育成は、持ち出せるものに月六十時間を投じている。それが成り立つのは、下の層——持ち出せない層——を同時に作れている場合だけです。

フレデリック・ハーズバーグ

私の言葉でも同じことが言えます。持ち出せるものは、満たしても意欲にはならない。 スキルを増やしても人は燃えません。燃えるのは、その会社でしかできない仕事を渡されたときです。

ダグラス・マグレガー

だから土台は、社員の中にあるのではない。経営者が何を仮定しているか、そのものが土台です。 そこだけは、どの会社も他社から買ってこられない。

松下幸之助

わしが人をつくると申し上げてきたのも、そういうことかもしれません。電器は誰でもつくれます。

司会

記事は「マインド・スタンスが土台だ」と書いています。四人の話を聞くと、それが土台である理由は、順序が先だからではなく、そこだけが他社に持ち出せないからだということになりそうです。

対談から読み解く、4つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • ゲイリー・ベッカー:人的資本

    一般的人的資本の訓練費用は本来は労働者が負担するのが合理的、という理論からの問い

    理論: 人的資本論。一般的人的資本(他社でも通用する)と企業特殊的人的資本(その会社でしか通用しない)の区別

  • ダグラス・マグレガー:仮定

    X理論/Y理論は人の分類ではなく、経営者が抱く仮定そのもの

    理論: X理論/Y理論——経営者が人間について抱く仮定が制度を決め、制度が人の振る舞いを作る

  • フレデリック・ハーズバーグ:二要因

    獲得粗利は衛生要因に寄るため、「定量+定性を足せば動機づけ」という計算が成り立たない

    理論: 二要因理論——不満を消すもの(衛生要因)と、意欲を生むもの(動機づけ要因)は別である

  • 松下幸之助:順序

    「物をつくる前に人をつくる」。理念だけで人が動いた話ではないことを1929年の決定で示せる

    理論: 使命を語る前に、暮らしの不安を取り除く。順序が逆では届かない

五層が土台である理由は、順序が先だからではなく、持ち出せないからだった

収束点——マグレガーは「あなたは人を何だと仮定しているか」、ベッカーは「企業負担が成立する三条件が自社にあるか」、ハーズバーグは「足し算では動機づけにならない」、松下は「順序が逆では届かない」。記事の論点に当てはめれば、コンサル能力は先天的な才能か/リスキリングは投資か費用か/評価は定量指標だけでよいか/マインド・スタンスが土台という五層の順序、にあたる。 言い直し——並べてみると、記事の五層が違って見えてくる。記事はあれを積み上げの順序として書いているが、ベッカーの一般/企業特殊の区別を当てると、上の層ほどよそでも通用し、下の層ほどこの会社にしかない。スキルもナレッジも持ち出せる。マインドとスタンスは持ち出せない。つまり「マインド・スタンスが土台」である理由は、順序が先だからではなく、そこだけが他社に持ち出せないからである。記事の主張を否定せず、記事が持っていない理由で裏づけ直したことになる。 残った問い——六十時間かけて能力が形成されたのか、六十時間に耐えられる人だけが残ったのか。成果の数字では区別がつかない。区別がつかないなら、どちらだと仮定するかを選ぶことになり、その仮定が次の制度を決める。

学びの読書案内

  • ゲイリー・ベッカー

    人的資本論。一般的人的資本(他社でも通用する)と企業特殊的人的資本(その会社でしか通用しない)の区別

    *Human Capital*(1964)/1992年ノーベル経済学賞

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  • ダグラス・マグレガー

    X理論/Y理論——経営者が人間について抱く仮定が制度を決め、制度が人の振る舞いを作る

    『企業の人間的側面』(1960)

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  • フレデリック・ハーズバーグ

    二要因理論——不満を消すもの(衛生要因)と、意欲を生むもの(動機づけ要因)は別である

    『仕事と人間性』(1959)/HBR 1968「One More Time: How Do You Motivate Employees?」

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  • 松下幸之助

    使命を語る前に、暮らしの不安を取り除く。順序が逆では届かない

    松下電器産業の創業/1932年の水道哲学/1929年の非解雇の決定

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発言の背景にある出来事

  • ゲイリー・ベッカー

    「育った人が辞めた瞬間に回収できない」

    一般的人的資本と企業特殊的人的資本

    論理的思考も資料作成もドキュメンテーションも、身につけた人はどこの会社でも使える。ベッカーはこれを一般的人的資本と呼び、会社が費用を負担すると育った人が辞めた時点で回収できないため、理屈のうえでは本人が——低い賃金という形で——負担するのが筋になると論じた。逆に、その会社でしか役に立たない知識は持ち出せないから、会社が払っても回収できる。ところが現実には、企業が一般的な訓練を負担する例が多い。この食い違いこそが彼の理論の最大の弱点であり、同時に、育成投資を検討する経営者が最初に確かめるべき論点でもある。

    ↑ 本文の発言に戻るゲーリー・ベッカー(Wikipedia) ↗

  • ダグラス・マグレガー

    「すると本当に指示待ちになる」

    仮定が先で、事実は後からついてくる

    言われたことだけやる人間だと見なせば、細かく指示を出し、自分では決めさせない制度を作る。その制度のもとで働いた人は、やがて本当に指示を待つようになる。そこで経営者は「やはりそうだった」と確かめた気になる——マグレガーが指摘したのはこの循環である。X理論・Y理論は人を2種類に分けるものではなく、経営者の側が抱いている仮定の名前だった。だから未経験者を100%採用して一流に育てられるかという問いは、育成メソッドの前に、その未経験者を何だと仮定しているかの問いになる。

    ↑ 本文の発言に戻るXY理論(Wikipedia) ↗

  • フレデリック・ハーズバーグ

    「私が犬を蹴れば、犬は動く」

    KITA——動機づけられているのは、蹴っている側である

    ハーズバーグは1968年のHBR論文で、よく使われる動機づけの手法をKITA(Kick In The Ass=尻を蹴る)と名づけた。犬を蹴れば犬は動く。また動かしたければ、また蹴るしかない。動いたのは犬だが、動機づけられているのは蹴っている側である、と彼は書いた。研修で人を鼓舞するのも、報奨で釣るのも同じで、やめれば止まる。仕事の中身が何も変わっていないからだ。同論文は人間関係研修・感受性訓練を名指しで「人間関係KITA」に分類しており、マインド・スタンスを形成する機会を設計するという発想への、そのままの反論になっている。

    ↑ 本文の発言に戻る二要因理論(Wikipedia) ↗

  • 松下幸之助

    「昭和四年、不況で在庫が積み上がったとき」

    1929年、半日勤務・給与全額という決定

    昭和4年の不況で在庫が積み上がったとき、松下が採ったのは人員整理ではなかった。工場の稼働は半日に落とす。ただし給与は全額支給する。そのうえで、空いた半日で社員総出に在庫を売りに出てもらった。先に暮らしの不安を取り除き、それから仕事を渡したことになる。1932年に事業の使命を全店員に語り、その年を命知元年と呼ぶのはこの3年後である。理念が先にあって人が動いたのではなく、不安を消す決定が先にあった。ハーズバーグの「衛生要因を満たしてから、仕事そのものを渡す」という順序と、実務の側から一致している。

    ↑ 本文の発言に戻る松下幸之助(Wikipedia) ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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