GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.34

テクノロジー活用・DX2026.10.20約4分

新しい技術はどのように採り入れるべきか

人をまねて作れば、人の限界も引き継ぐ

小栗忠順 × 大野耐一 × レオナルド・ダ・ヴィンチ

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人型ロボットが自動車工場で部品を運ぶ映像を見て、「うちもいずれ導入すべきか」と考えた経営者は少なくないはずです。一方で、自社の現場で何から手を付ければよいのかは見えにくいままです。今回の題材は、人型ロボットの完成を待たず、今使える運搬ロボットや協働ロボットから自律化を始めよと説く記事です。では、機械には何を任せ、何を人に残すのか。今宵は、先の見えない幕府の中で造船所の話を進めた小栗忠順、トヨタで「おかしなときは機械が自分で止まる」仕組みを広げた大野耐一、そして長年にわたって鳥を観察し、飛ぶ機械を描き続けたレオナルド・ダ・ヴィンチの三人が語ります。

今宵の賢人たち

  • 小小栗忠順待たずに場所をつくる1827–1868。幕臣。勘定奉行・軍艦奉行などを務め、横須賀製鉄所(造船所)の建設を進めた。1868年に新政府軍に捕らえられ処刑された
  • 大大野耐一動きは任せ、止める判断は残す1912–1990。トヨタ自動車工業の副社長。1949年に本社の機械工場長となり、ジャスト・イン・タイムと自働化を二本柱とする生産の仕組みを現場で実装した
  • レレオナルド・ダ・ヴィンチ形より、何が運んでいるかを見る1452–1519。イタリアの画家・技術者。絵画・解剖・土木・機械を同じ手稿に書き、観察から設計へ進めた

対談本編

実線の下線↗は元記事の該当箇所(別タブ)、点線の下線は下の「発言の背景にある出来事」へ移動します。

司会

今日は「AIが『体』を持ち始めた」という記事を題材にしたいと思います。人型ロボットの完成を待たず、今使える運搬ロボットや協働ロボットから始めるべきだ——という主張です。とはいえ、技術が育ちきる前に投資すれば、すぐ古びるという心配もあります。まず小栗さん、どうご覧になりますか。

小栗忠順

私は勘定奉行として、横須賀に造船所をつくる話を進めました。完成したのは私が死んだ後の明治です。それでも造船所は、幕府が倒れても使われ続けました。残ったのは、船を直し、部品をつくる働きです。投資の値打ちは、持ち主や技術が変わっても残る働きを置けるかで決まります。

司会

古びるのは機械で、残るのは働きのほう、ということですね。では、機械に任せたあと、人の役目はどう変わるのでしょうか。大野さん。

大野耐一

トヨタでは、おかしなことが起きたら機械が自分で止まるようにしました。止まるたびに、人が原因を調べに行く。だから現場の問題が見えるようになるのです。それも全部を一度にではなく、私が受け持っていた機械工場から始めました。

司会

止まった回数は、失敗の数ではなく、問題を見つけた数なのですね。レオナルドさん、そもそもなぜ人の形をしたロボットに目が向くのでしょうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

私は若いころ、人が腕で羽ばたかせる飛ぶ機械を描きましたが、腕の力では足りませんでした。鳥の翼を人の腕で動かそうとしたので、人の力の限界が、そのまま機械の限界になったのです。のちに『鳥の飛翔に関する手稿』では、鳥が風にどう乗るかを描きました。

小栗忠順

しかし、目で見ることにも意味があります。私は1860年に米国へ渡り、ワシントンの海軍造船所で、動いている工場を見ました。見ていたからこそ、横須賀に造船所を置くと決められたのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

そのとおりです。だからこそ、決める前に一度、人の姿を消してみてほしいのです。倉庫なら、担当者ではなく箱だけを描く。棚から作業台まで何メートル、1日に何往復か。その図を倉庫長が月曜の朝に見れば、人の形がなくても運べる線が残ります。御社の倉庫で、いちばん長く往復している線はどれでしょうか。

司会

三人の話をまとめます。小栗さんは、持ち主が変わっても残る働きに投資しました。大野さんは、機械が止まるたびに現場の問題が見えるようにしました。レオナルドさんは、人の力に頼った機械は、人の限界をそのまま引き継ぐと語りました。記事は、人型ロボットを待つ必要はないと説きます。三人の話から見えてくるのは、その理由です。人をまねて作れば人の限界も引き継ぎ、物の動きを見れば、今ある機械に任せられる線と、現場の問題が見えてくる。この作業で真似たいのは、形でしょうか、働きでしょうか。一度、物の動きだけを図に描き、人の形がなくても運べる線を数えてみてください。

対談から読み解く、3つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • 小栗忠順:待たずに場所をつくる

    記事の「待たずに始めよ」に、投資の値打ちの測り方を足す役です。完成を見ずに世を去った横須賀の造船所が、幕府が倒れても使われ続けた経験から、持ち主や技術が変わっても残る働きを置けるかで決まると語ります。

    理論: 横須賀製鉄所の建設(先の見えない中での長期の設備投資)

  • 大野耐一:動きは任せ、止める判断は残す

    記事の「人が手を貸した回数を記録する」に、その数の意味を足す役です。機械が自分で止まる「自働化」と、機械工場から始めた順番から、止まった回数は問題を見つけた数になると語ります。

    理論: 自働化とジャスト・イン・タイム(『トヨタ生産方式』)

  • レオナルド・ダ・ヴィンチ:形より、何が運んでいるかを見る

    経営側が「どの機械を、いつ入れるか」を話す手前で、「そもそも何をまねたいのか」と問う役です。人の腕で羽ばたく機械では力が足りず、のちに鳥が風にどう乗るかを描いた手稿から、人をまねて作ると人の限界も引き継ぐことを示します。

    理論: 『鳥の飛翔に関する手稿』(1505年)での鳥の観察

機械に任せるのは、人の代わりではなく、仕事の働き

新しい技術の完成を待つべきか、今ある技術から始めるべきか。多くの経営者が迷うこの問いに、記事は「待たずに始める」と答えます。対談の三人は、その理由を別の角度から示しました。人の形や人の動きをまねて機械を作ると、人の限界まで引き継いでしまう。機械が止まるたびに、現場の問題が見えるようになる。そして、技術や持ち主が変わっても残るのは、機械そのものではなく、その機械が担う働きである。機械に任せるかどうかを考えるときは、「人の代わりに何を置くか」ではなく、「どの働きを、何に担わせるか」から考えると、今ある技術でできることが見えてきます。

学びの読書案内

  • 小栗忠順

    横須賀製鉄所の建設(先の見えない中での長期の設備投資)

    横須賀製鉄所(1865年着工)

    著作・資料を探す ↗

  • 大野耐一

    自働化とジャスト・イン・タイム(『トヨタ生産方式』)

    『トヨタ生産方式——脱規模の経営をめざして』(1978)

    著作・資料を探す ↗

  • レオナルド・ダ・ヴィンチ

    『鳥の飛翔に関する手稿』(1505年)での鳥の観察

    『鳥の飛翔に関する手稿』(1505年頃)

    著作・資料を探す ↗

発言の背景にある出来事

  • 小栗忠順

    「完成したのは私が死んだ後の明治です」

    横須賀製鉄所

    幕府は1864年に製鉄所(造船所)の建設を決め、小栗は勘定奉行としてこの話を進めた。フランスの技師ヴェルニーの協力で1865年に着工したが、小栗は1868年に処刑され、ドックの完成と造船所への改称は明治政府の下で1871年だった

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「横須賀造船所」 ↗

  • 大野耐一

    「私が受け持っていた機械工場から始めました」

    機械工場から広げた生産方式

    大野は1949年に本社の機械工場長となった。トヨタの社史は、昭和20年代に本社の機械工場を中心に試行錯誤を重ねて仕組みの骨組を作り、まず機械工場に導入してから順に他の工程へ広げたと記している。1963年にはかんばん方式を全工場で採用した

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「トヨタ生産方式」 ↗

  • レオナルド・ダ・ヴィンチ

    「のちに『鳥の飛翔に関する手稿』では」

    『鳥の飛翔に関する手稿』

    1505年ごろにまとめられた18葉の手稿で、トリノ王立図書館が所蔵する。若いころのパリ手稿Bでは人の腕で羽ばたく機械を描いたが、この手稿では鳥が風にどう乗り、どう釣り合いをとるかを観察している。翼の形をまねる考えは最後まで残っていた

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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