GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.40

投資/資本戦略2026.11.02約4分

特許は、持っているだけで稼げるのか

権利の値打ちは、他人が使わざるを得ないことで決まる

豊田佐吉 × 山内溥 × タレーラン

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自社の知財部門を、出願費用と訴訟対応のためだけの部署として扱っていないでしょうか。元記事は、通信規格に関わる技術を持つ企業は知財を収益事業に変えるべきだと説きます。規格どおりに作ると必ず使う特許の使用料は、規格を使う端末の台数に応じて入り続けるからです。今夜の三人は、自動織機の権利を本場英国の会社に売った発明家、特許を持たずに他社のソフトから収入を得る仕組みを握った経営者、そして負けた国の代表として条件を決める席に入った外交官です。権利の値打ちはどこで決まるのかを、三つの経験から考えます。

今宵の賢人たち

  • 佐豊田佐吉使われて値が付く1867–1930。発明家・事業家。木製人力織機から無停止杼換式自動織機(G型)までの織機を発明し、豊田紡織・豊田自動織機製作所を興した。
  • 山山内溥通り道を握る1927–2013。任天堂の3代目社長(1949–2002)。花札・トランプの会社を、家庭用ゲーム機の会社に作り変えた。
  • タタレーラン決める席に入る1754–1838。フランスの外交官。王政・革命・帝政・王政復古の各体制で外相などを務め、ウィーン会議ではフランス代表として交渉した。

対談本編

実線の下線↗は元記事の該当箇所(別タブ)、点線の下線は下の「発言の背景にある出来事」へ移動します。

司会

今日の題材は「通信の知財は排除ではなく6Gで稼ぐ」という記事です。記事は、知財部門を費用の部署から収益の事業に変えるよう説きます。標準必須特許、つまり通信規格どおりに作ると必ず使う特許の使用料は、規格を使う端末の台数に応じて入り続けます。まず豊田さん、特許はどんなときに稼ぐのでしょうか。

豊田佐吉

1924年に仕上げたG型自動織機は、よこ糸がなくなっても機械を止めずに、糸を巻いた杼(ひ)を自動で入れ換えます。これをインドの布を織る工場に205台納めました。動いているのを見て、織機の本場である英国の大手、プラット社が権利を買いたいと言ってきたのです。1929年、10万ポンドの契約でした。調印したのは息子の喜一郎です。権利の値段は、私たちが持っていたことではなく、遠い国で実際に動いていたことで付きました。

司会

権利は、使われて初めて値が付く、ということですね。では、自社の技術を他社に使ってもらう側に回るには、何を握ればよいのでしょうか。山内さん。

山内溥

ファミコンでは、ソフトを作らせてほしいと言ってきたのは他社のほうでした。うちにはソフトの特許はありません。それでも、カセットを作る工程を通ってもらうことで、他社が作った本数に応じて、先にお金が入る形にしました。売れ残りの損は相手が負います。何を握り、どう受け取るかで、誰が損を負うかまで決まるのです。

司会

特許がなくても、相手が通らざるを得ない道を握れば受け取れるのですね。では、その通行料の条件は、誰が決めるのでしょうか。タレーランさん。

タレーラン

ナポレオンが戦争に敗れた1814年、ヨーロッパの国境を引き直すウィーン会議が開かれました。私は負けた側、フランスの代表です。勝った英国・ロシア・オーストリア・プロイセンの四国は、自分たちだけで合意してから、フランスを後で加えると決めていました。決める席の外にいれば、決まった条件を受け入れるしかありません。私は、取り分の計算より先に原則を置くべきだと主張し、四国の意見が割れたところで英国・オーストリアと秘密の条約を結んで、決める席に入りました。もっとも、四国が割れた主な理由はロシアとプロイセンの要求です。私の手柄は割り引いて聞いてください。

司会

三人の話をまとめます。豊田さんは、権利の値が遠い国で使われていたことで付いたと話しました。山内さんは、特許がなくても通らざるを得ない道を握れば受け取れると示しました。タレーランさんは、決める場の外では、決まった条件を受け入れるしかないと示しました。特許の値打ちは、自社が持っていることではなく、他社が使わざるを得ないことで決まります。そして、使わざるを得ない道、つまり規格は、決める場で形になります。記事が、収入より先に標準化の会議への寄与を指標に置くよう説くのは、その席を持つことが、通行料を受け取る側に立つ条件だからです。

対談から読み解く、3つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • 豊田佐吉:使われて値が付く

    記事の「権利は規格が使われる限り続く」に、権利の値は実際に使われていることで付く、という発明家の経験を足す役です。

    理論: G型自動織機(1924)と英国プラット社への特許権譲渡(1929)

  • 山内溥:通り道を握る

    記事の「SEPの使用料は台数で決まる」に、特許がなくても他社が通らざるを得ない道を握れば受け取れる、という反対側からの例を足す役です。

    理論: ファミリーコンピュータ(1983)で他社ソフトを受け入れた仕組み

  • タレーラン:決める席に入る

    記事の「標準化の会議に人を出す」に、決める場の外にいれば決まった条件を受け入れるしかない、という交渉の経験を足す役です。

    理論: ウィーン会議(1814–15)での原則の主張と秘密条約

権利の値打ちは、他人が使わざるを得ないことで決まる

特許を多く持てば収入になる、と考えがちです。しかし権利に値が付くのは、他社が実際にそれを使い、しかも使わざるを得ないときです。通信規格に組み込まれた特許は、規格に沿った製品が作られるたびに使用料を生みます。その規格の中身は、各社が集まる会議で決まります。会議に人を出さなければ、決まった規格と条件を後から受け入れる側になります。だから知財で稼ぐには、件数より先に、規格を決める場に継続して席を持てるかを問う必要があります。

「特許は、持っているだけで稼げるの?」に、ひよっこ課長の質問と図・3つのポイント・答えで答える1枚のスライド
ひよっこ課長の超かんたんレポート

学びの読書案内

  • 豊田佐吉

    G型自動織機(1924)と英国プラット社への特許権譲渡(1929)

    トヨタ自動車75年史(第1部第1章)

    著作・資料を探す ↗

  • 山内溥

    ファミリーコンピュータ(1983)で他社ソフトを受け入れた仕組み

    任天堂「社長が訊く」(2010)

    著作・資料を探す ↗

  • タレーラン

    ウィーン会議(1814–15)での原則の主張と秘密条約

    Pallain編『ウィーン会議中のタレーランとルイ18世の未刊書簡』(1881)

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発言の背景にある出来事

  • 豊田佐吉

    「インドの布を織る工場に205台納めました」

    プラット社への特許権譲渡(1929)

    G型自動織機がインドの工場に205台納められたことを受け、英国の繊維機械の大手プラット社が特許の買い取りに動きました。1929年6月の面談に佐吉が同席し、12月21日に息子の喜一郎が調印しました。契約額は10万ポンド、受け取った額は8万3,500ポンドでした。

    ↑ 本文の発言に戻るトヨタ自動車75年史「プラット社との特許権譲渡契約」 ↗

  • 山内溥

    「ソフトを作らせてほしいと言ってきたのは他社のほうでした」

    ファミコンの他社ソフト

    1984年にハドソンとナムコがファミコン用のソフトを発売しました。初期の大手は自社でカセットを作って1本ごとの使用料を払い、それ以外の会社のカセットは任天堂が製造を引き受けました。権利の根拠は特許ではなく商標だったと、任天堂の元広報が後に語っています。

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「山内溥」 ↗

  • タレーラン

    「四国は、自分たちだけで合意してから、フランスを後で加えると決めていました」

    ウィーン会議(1814–15)

    英国・ロシア・オーストリア・プロイセンの四国は、1814年9月22日の取り決めで、フランスを後から加えることにしていました。タレーランは10月に「同盟国」という言葉に異議を唱え、12月には国王への手紙で、まず原則を置くべきだと書きました。1815年1月3日に英国・オーストリア・フランスの秘密条約が結ばれ、フランスは協議に加わりました。

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール」 ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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