
「平均値での算定」では自社の努力が数字に出ない—CDPサプライチェーンプログラムの「アロケーション排出量」がScope3算定を変える
2026.09.30GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—今すぐ取るべき経営判断
プライム市場上場企業へのTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)賛同義務化に伴い、サプライチェーン上のCO2排出量(Scope3)の算定・公開が求められるようになっています。しかし従来のScope3算定の主流手法は「調達金額×業種平均原単位」という計算であり、サプライヤが努力してCO2を削減しても自社のScope3排出量に反映されないという根本的な問題がありました。この問題を解決する新手法として、CDP(Carbon Disclosure Project・英国本拠の国際NGO)がサプライチェーンプログラムで提唱する「アロケーション排出量」という概念が注目されています。アロケーション排出量は「サプライヤの総排出量×(自社からの購入金額÷サプライヤ総売上)」という計算式で算定され、サプライヤのCO2削減努力が自社のScope3排出量に直接反映されます。NTTデータが2022年に日本初のCDPプラチナパートナーとして同手法を採用したCO2算定プラットフォームサービスを開始しており、この算定手法が今後の標準になる可能性が高まっています。
CDPとはイギリスに本拠を置く国際NGO団体で、全世界15,000社以上のパートナー企業・公共団体等に対して気候変動・水セキュリティ・フォレストに関する情報開示(レポート提出)を要請しています。CDPの評価が高い企業はブランドイメージを向上でき、投資家は公正な評価基準に沿って投資先を判断できるという、企業・投資家の双方にメリットをもたらす仕組みを構築しています。
2|なぜ従来のScope3算定では「不十分」なのか—中小企業・サプライヤへの影響
第一の問題は「サプライヤの削減努力が反映されない」ことです。従来の平均原単位法では、取引するサプライヤが誰であっても業種平均の固定値を使用するため、CO2を大幅に削減したサプライヤと削減努力をしていないサプライヤが同じ係数で扱われます。結果として「CO2削減に投資したサプライヤが取引先から評価されない」という構造的な不公正が生まれています。第二の問題は「中小企業・非上場企業への波及」です。CDPサプライチェーンプログラムは、CDPが回答要請を送った企業(主に上場企業)と取引しているサプライヤ(中小・非上場企業を含む)にも情報開示を求めます。プライム市場企業がScope3開示を求められることで、そのサプライチェーン上にある中小企業にも「CO2排出量の算定・開示」の要求が連鎖的に届きます。「大企業の問題だ」という認識は誤りであり、取引先がプライム市場企業であるサプライヤには今後確実に情報提供要求が届きます。
3|Scope1〜3の算定方法と「アロケーション排出量」の位置づけ
| 区分 | 排出の性質 | 算定方法 | 経営上の意義・特徴 |
|---|---|---|---|
| Scope1 | 直接排出 | 自社の燃料使用(工場・車両等)に伴うCO2の直接排出量 | 自社データで算定可能。算定難易度は低い |
| Scope2 | 間接排出 (エネルギー) | 自社が購入した電力・熱の製造に伴うCO2の間接排出量 | 電力会社の排出係数を使って算定。難易度は低〜中 |
| Scope3 (従来) | 間接排出 (サプライチェーン) ※平均原単位法 | サプライヤから購入した製品・サービスの調達金額に、環境省等が公開する平均原単位(業種平均値)を乗じて算定する | サプライヤを問わず固定値を使うため算定は容易だが、サプライヤの削減努力が自社排出量に反映されないという根本的な問題がある |
| Scope3 (新手法) | 間接排出 (サプライチェーン) ※アロケーション排出量 | サプライヤの総排出量×(自社からの購入金額÷サプライヤ総売上)という計算式で算定する。CDPサプライチェーンプログラムが提唱する新手法 | ◎ サプライヤのCO2削減努力が自社のScope3排出量に直接反映される。算定に必要な情報(取引金額・サプライヤ売上・サプライヤ排出量)が揃えば算定が簡便。NTTデータが日本初のCDPプラチナパートナーとして同手法を採用 |
アロケーション排出量の計算式(具体例):パソコンメーカー(売上100億円・総排出量1万トン)から2億円分のパソコンを購入した場合のScope3算定:1万トン×(2億円÷100億円)=200トン。もしこのパソコンメーカーがCO2削減努力を行い総排出量が8,000トンに減少した場合:8,000トン×(2億円÷100億円)=160トンとなり、自社のScope3が自動的に削減されます。これが「サプライヤの削減努力が自社排出量に反映される」仕組みです。
4|実行のポイント—サプライチェーンCO2対応の3ステップ
STEP1:自社がサプライチェーンのどの位置にいるかを把握する
取引先にプライム市場上場企業(または大手グローバル企業)が含まれる場合、自社はCDPサプライチェーンプログラムの対象サプライヤになる可能性があります。まず自社の主要取引先がTCFD賛同・CDP開示を行っているかを確認することが第一歩です。取引先がScope3算定を行う場合、自社のCO2排出量データの提供を求められるタイミングが近づいています。
STEP2:自社のScope1・2の排出量算定から始める
アロケーション排出量の算定に必要な「自社の総排出量」を把握するために、まずScope1(自社の燃料消費)とScope2(自社の電力消費)の算定から着手します。Scope1・2は自社のデータで算定可能な最も算定難易度の低い領域です。この数字を持っていることが、取引先からのScope3算定要求への対応の前提となります。
STEP3:CO2算定サービスの選定基準を持つ
CO2算定サービスの導入を検討する際の判断軸は「どの手法で排出量を算定しているか(平均原単位法かアロケーション排出量か)」と「どのようなデータを基に算定するか(必要なデータを自社が準備できるか)」の2点です。NTTデータのようにアロケーション排出量を採用したサービスは今後の開示要求の標準化に対応しやすく、取引先への情報提供の精度も高まります。
5|よくある誤解—Scope3対応で失敗する経営判断のパターン
誤解① 「Scope3は大企業(プライム市場上場企業)の問題で、中小企業には関係ない」 CDPサプライチェーンプログラムはプライム市場上場企業のサプライヤ(中小・非上場企業を含む)にも情報開示を求めます。取引先が大企業であるサプライヤは、近い将来「CO2排出量データの提供」を取引条件として求められる可能性があります。この要求に答えられない企業は取引から外れるリスクがあり、「大企業の問題」という認識は経営上のリスク管理の失敗につながります。
誤解② 「平均原単位でScope3を算定しているから十分だ」 平均原単位法はサプライヤの削減努力を反映しないため、自社がCO2削減に投資しても取引先のScope3算定上は評価されません。アロケーション排出量への移行が業界標準になれば、平均原単位のみで算定している企業は「CO2削減に取り組んでいても数字に出ない不利な状況」に置かれる可能性があります。将来の算定手法の変化に備えた準備が必要です。
誤解③ 「CO2算定はシステム導入すれば解決する」 算定システムの導入は手段であり、「どの算定手法で・どのデータを使って算定するか」という設計が先決です。開示要求の範囲・算定手法・必要なデータの把握なしにシステムを選定すると、取引先の要求に対応できない算定結果しか出せないシステムに投資するリスクがあります。まず自社の取引先の開示要求水準を把握し、それに対応できる算定手法を理解した上でシステムを選定することが正しい順序です。
6|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸
- 主要取引先にプライム市場上場企業・グローバル大手が含まれており、今後Scope3開示の観点からCO2排出量データの提供を求められる可能性がある
- CO2排出量(Scope1・2)を算定できておらず、取引先からのデータ提供要求に応じられる準備ができていない
- Scope3を算定しているが平均原単位法のみを使用しており、自社のCO2削減努力が算定結果に反映されない状況になっている
- CDPサプライチェーンプログラムについて把握しておらず、アロケーション排出量という概念を理解していない
今やるべきかの判断軸
プライム市場のTCFD賛同義務化はScope3開示要求の波をサプライチェーン全体に伝播させます。CDPサプライチェーンプログラムとアロケーション排出量という新手法が業界標準化する動きを先取りして、自社のCO2算定基盤を整備した企業は取引継続・新規取引獲得の両面で競合優位を持てます。まずScope1・2の算定から着手し、取引先の開示要求レベルを把握することが、今すぐできる最も重要な経営判断の第一歩です。
7|経営者への一言
「業界平均値」で算定している限り、どれだけCO2削減に取り組んでも取引先の数字に出ない。アロケーション排出量という新手法を理解し・自社の排出量データを持つことが、サプライチェーン規制時代の取引継続条件になる。