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投資/資本戦略

M&Aで「適正な価格」を判断するために—バリュエーション3手法の本質・使い分け・DCF法の実践理解

2026.08.04GROWTH INTELLIGENCE 編集部

M&Aを成長戦略として進める際、買収候補企業をどのような基準で探し、選ぶべきか整理できていますか。コロナ禍によって業界ごとの明暗が分かれる中、事業承継ニーズの高まりや投資意欲の維持を背景に、M&Aの機会は依然として存在しています。しかし、買収対象を漫然と探しても、経営戦略やシナジーに結びつかない案件に時間を費やしてしまう可能性があります。そのため、まずは自社がなぜM&Aを進めるのかという目的を明確にし、そのうえでセクター、顧客規模、技術・機能、売上規模、地域といった“アングル”を設定して投資ターゲティングを行うことが重要になります。これにより、将来的なクロスセルや事業補完の可能性を踏まえた候補企業の絞り込みが可能になります。本記事では、M&Aの初期プロセスであるソーシングについて、戦略の立て方から企業選定の考え方までを整理し、実務上の基本を解説しています。

1|結論—バリュエーションを「専門家任せ」にするとM&Aで損をする

バリュエーション(企業価値評価)はM&Aや投資の際に非常に重要なプロセスです。売り手側にはオファー価格の検討と投資価値の判断・買い手側には株式譲渡タイミングの検討と譲渡先の選定という形で、バリュエーションで算出された数字が買収価格に大きく反映されます。「専門家に任せればよい」という姿勢は最もリスクが高い。バリュエーション方法には「コストアプローチ・インカムアプローチ・マーケットアプローチ」の3手法があり、それぞれに固有のメリット・デメリットがあるため、「どの方法を使うか」という選択自体が経営者の判断です。専門家・アドバイザーのインプット・アウトプットを正しく活用するために、基礎的な知識を経営者自身が持つことが真のM&A成功の前提条件です。

企業価値は株価のように変動しやすく、将来性を加味すると断定的な数値ではなくなります。また、評価方法によって算出される数値が変わるため、「評価対象に適切な評価方法を選択すること」がバリュエーションの核心的な経営判断です。

2|3手法の全体比較—「何を根拠にするか」で結果が根本から変わる

3手法の使い分けの実践的な原則: 単一の手法に依存せず複数の手法を「併用方式」で使うことが現実的です。それぞれのウェイトを設定して計算し、最終的な企業価値のレンジを求めます。「なぜこの手法にこのウェイトを設定するか」という判断根拠が問われるため、経営者自身が各手法の特性を理解していることが「専門家との対等な議論」を可能にします。

3|コストアプローチ—時価純資産法の仕組みと限界

コストアプローチは現在保有している資産・負債の時価を基に「企業が今解散したらいくらになるか」という観点で企業価値を算出します。

▶ 代表的な計算方法(3種類)

コストアプローチの経営的な限界: 時価純資産法による算出値は「現在の資産価値」であり、「この会社を買って将来どれだけ稼げるか」という問いには答えません。成長企業を買収する場合にコストアプローチのみを採用すると、実際には高い将来価値を持つ企業を低く評価してしまうリスクがあります。成長企業のM&Aでは必ずインカムアプローチと併用することが必要です。

4|インカムアプローチ—DCF法の計算構造を理解する

インカムアプローチの主流であるDCF法(Discounted Cash Flow法)は「企業が将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出する」手法です。「将来の儲けを今の価値に換算する」という発想が核心です。

▶ DCF法の計算式の構造 企業価値(事業価値)=各年度のFCFを割引率(WACC)で割り引いた現在価値の合計+ターミナルバリューの現在価値。これに現在のキャッシュ(BS上の数字)を加えた合計が企業価値となります。

▶ FCF(フリーキャッシュフロー)—「将来自由に使用可能な資金」の計算 FCFとは将来自由に使用可能な金額のことです。DCF法では最低5年後までのFCFを算出します。FCFの計算は以下のステップで行います。

FCFの計算ステップ: ① NOPAT(税引後営業利益)の算出:営業利益(EBIT)×(1-法人税実効税率) ② 減価償却費の加算:キャッシュの支払いが生じていないのに費用計上されている分を戻す ③ 設備投資の差し引き:費用にはならないがキャッシュの支出を伴う設備投資を差し引く ④ 運転資金増加額の差し引き:売掛金増加(受け取れていない分)・棚卸資産増加(支払済み分)を差し引き、買掛金増加(未払い分)を加算する

▶ WACC(割引率)—「資金調達にかかるコスト」の計算 割引率とは資金を調達するためにかかるコストのことです。WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は負債資本コストと株主資本コストを加重平均して導き出します。

▶ ターミナルバリュー(TV)—「計算期間以降の将来価値」 ターミナルバリューとは、各年度のFCFを計算できる期間(通常5年)以降の将来価値の総計です。永久成長率(一般的にはインフレ率より低い0〜1%に設定されることが多い)と最終年度のFCFを用いて計算します。ターミナルバリューはDCF法による企業価値の大部分を占めることが多く、永久成長率の設定が最終的な企業価値に大きな影響を与えます。

5|マーケットアプローチ—類似会社比較法(EBITDA倍率)の実践的理解

マーケットアプローチの主流は「類似会社比較法(マルチプル法)」です。対象企業と同業種の類似上場企業を選別し、その企業の財務指標を基に計算します。M&AではEBITDA倍率による評価が一般的に用いられます。

▶ EBITDA倍率による類似会社比較法の計算手順 ① 類似上場企業を選定する(同業種・同規模・事業内容が類似した企業) ② 選定した類似上場企業の時価総額とEBITDA(税引前利益+支払利息+減価償却費)を計算する ③ EBITDA倍率(EV/EBITDA)を求める:「時価総額(EV)÷EBITDA」 ④ 対象会社のEBITDAに③の倍率を乗じて企業価値(EV)を算出する ⑤ 企業価値(EV)から有利子負債を差し引き・現金を加算して株式価値(株式総額)を算出する

6|経営判断チェックリスト—バリュエーションの知識を今整備すべき企業の条件

✓ M&Aを検討しているが、買い手・売り手のいずれの立場でもバリュエーション手法の基礎知識がなく専門家任せになっている ✓ 専門家から提出されるバリュエーションレポートを読んで内容・前提・判断に疑問を呈することができない ✓ DCF法を使ったバリュエーションにおいて、FCF・WACC・ターミナルバリューという3つの主要変数の意味が理解できていない ✓ 類似会社比較法を使っている場合に、選定された類似会社が本当に自社と比較可能かどうかを自社で判断できていない ✓ コスト・インカム・マーケットの3手法のどれを採用するかの判断根拠が自社でなく専門家に委ねられている ✓ 事業承継・M&A・資金調達において適正な企業価値の根拠を論理的に説明する必要がある

事業承継ニーズが増える一方で、自社内でのM&A戦略(売り手・買い手ともに)を展開するには専門家の参画が必須ですが、専門家のアウトプットを有効活用するためには経営者自身の基礎的な理解が不可欠です。「専門家が算出した数字だから正しいはず」という姿勢では、前提の誤りを発見できず過大評価・過小評価のリスクを防げません。3手法の特性と主要な計算要素を理解することが、M&A投資判断の質を根本から高めます。

7|経営者への一言

バリュエーションに唯一の正解はありません。「どの手法を・なぜ選ぶか」という判断と、「DCF法のFCF・WACC・TVという3変数の設定が合理的か」という問いを経営者自身が持てるかどうかが、M&Aで損をしないための最初の防波堤です。

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