
「誰に・いつ・何を届けるか」が購買を生む時代—パーソナライズ通知マーケティングの全体像
2026.08.31GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—「全員に同じ情報を届ける」マーケティングの終焉
ローソンとKDDIは2020年9月24日〜10月31日、au IDに基づくデータとローソンの購買情報を組み合わせ、「時間・年代・性別・位置情報」に合わせてパーソナライズされた通知を配信する実証実験を実施しました。この実験が示す本質は「誰に・いつ・どこの店舗の情報を届けるか」を精緻に設計することで、通知を読む可能性・来店する可能性・購買する可能性を同時に高められるという事実です。「全員に同じ情報を一斉配信する」従来型のプッシュ通知との差は、データ量の差ではなく「誰に届けるかの設計精度」の差にあります。多くの消費者がスマートフォンを持つ現在、企業からの通知・メール・プッシュ通知は日常的に届きます。しかし大多数は読まれることなく削除されます。その原因は情報の量や品質ではなく、「その人にとって今必要かどうか」という適切性の欠如にあります。位置情報・属性情報・購買履歴を組み合わせることで、「今・この人に・この情報を届ける」という設計が初めて可能になります。
2|実験の2つの施策—「おすすめ商品通知」と「値引き情報通知」
今回の実証実験では異なる目的を持つ2種類の通知施策が実施されました。▶ 施策① おすすめ商品のパーソナライズ通知 時間・年代・性別に合わせてau PAYアプリにおすすめ商品の紹介通知を送信し、その商品を購入するとPontaポイントを付与するという施策です。「20〜40代の働く女性に対して帰宅時間頃に、帰宅途中にある店舗のおすすめスイーツ情報を通知する」というのが具体的なユースケースとして挙げられています。この施策の設計上の重要ポイントは3点です。第一に「誰に」(年代・性別の属性絞り込み)、第二に「いつ」(帰宅時間というタイミング)、第三に「どこの店舗情報を」(帰宅途中にある近隣店舗)という3変数を組み合わせた配信設計です。これら3変数が揃うことで通知の開封率・来店率・購買率がそれぞれ上がる仮説が立てられます。
▶ 施策② 消費期限迫る商品の値引き通知(埼玉の限定店舗) 夕方など消費期限の近い商品が発生する時間帯に、その商品の値引き情報をその店舗を利用する確率の高い人にau PAYアプリで通知するという施策です。従来は「店舗に行ってから値引き商品があることを知る」という発見の構造でしたが、この施策では「通知で事前に知ることができ、来店動機が生まれる」という構造に転換されます。
【値引き通知施策が解決する2つの課題】 顧客側:「店舗に行かないと値引き商品があるかどうかわからない」という情報の非対称性を解消。 コロナ禍での不要な外出を抑えつつ近隣店舗への来店動機を作れる。 店舗側:消費期限が迫った商品の廃棄量を削減できる。 「購買可能性の高い人にだけ通知する」ことで値引き通知の機会損失を最小化できる。
3|使用された技術とデータ—3種類のデータが「適切な通知」を実現する
この実験を成立させているのは3種類のデータの組み合わせです。au IDに紐づくデータ・ローソンの購買情報・キャッシュレス決済の普及という環境要因の3点が揃うことで、パーソナライズ通知が技術的に実現されています。
購買情報の取得においては「許可した利用者の分だけ取得し、個人を特定できない形に加工する」というプライバシー保護の設計が施されています。この設計は顧客の信頼を担保するための重要な前提条件であり、データ活用の拡大と信頼性確保を両立させる上で不可欠です。
4|メリットとデメリットの構造的整理—誰が何を得て何を失うか
パーソナライズ通知マーケティングのメリットとデメリットは、顧客側と店舗側で異なります。導入を検討する経営者は両者の視点から正確に評価することが必要です。
顧客側のデメリット(プライバシーへの不安)への対処が、この施策の継続性を左右します。 「許可した利用者の購買情報のみを取得し、個人を特定できない形に加工する」というローソンの設計はその回答のひとつです。データ活用の拡大とプライバシー保護の両立は、今後のパーソナライズマーケティング全般の共通課題として経営者が意識すべき構造です。
5|実験の先にある展望—AIによる自動化と社会貢献
▶ AI技術との統合による精度の向上 今回の実験は位置情報・属性情報・購買情報を人手で設計・配信するものでしたが、AI技術の進化と組み合わせることで精度は飛躍的に向上します。購買履歴から推測した新商品のおすすめ情報、関連商品情報の自動配信が可能になります。さらに「どの商品をどれだけ値引きするか」という提案自体をAIが行い、店舗側に最適な値引き設計を提案するという形も想定されています。▶ 食品廃棄削減とSDGsへの貢献 値引き通知施策には購買機会の創出だけでなく、食品廃棄削減という社会的意義もあります。消費期限が迫った商品を廃棄前に購買可能性の高い顧客に通知することで、廃棄量の削減が見込まれます。セブンイレブンでも類似の施策(消費期限が近い商品の購入にポイント付与)が実施されており、そこで効果が証明されていることから期待が高まる取り組みです。SDGsの観点からも事業の社会的価値を高める施策として、企業のブランド力強化にも寄与します。
▶ 他のモバイル決済サービス・他業種への横展開 今回の実験はau PAYアプリを通じた通知に限定されていますが、PayPay・楽天ペイ・d払いなど会員数の多い他のモバイル決済サービスで同様の仕組みが機能すれば、さらなる規模の効果が期待できます。また、コンビニ以外の小売業・飲食業・サービス業においても、位置情報×購買データ×パーソナライズ通知という構造は応用可能です。
6|経営者への示唆—この施策の構造を中小企業に転用する
ローソンとKDDIの実験規模や技術基盤は中小企業が即座に模倣できるものではありません。しかしこの施策の背後にある発想—「全員に同じ情報を一斉配信するのではなく、誰に・いつ・何を届けるかを設計する」という考え方—は、規模や業種を問わず転用できます。
「全員に送る」のをやめるだけで、通知の効果は変わります。 自社の顧客データを「全員一括」で扱うのではなく、「どのグループに・どのタイミングで・何を届けるか」という設計に変えること—これがパーソナライズマーケティングの本質であり、小規模な事業者でも今日から着手できるアプローチです。
7|経営判断チェックリスト—パーソナライズ通知マーケティングを検討すべき企業の条件
✓ メール・LINEなどの一斉配信を行っているが、開封率・クリック率が低く効果を感じられていない ✓ 顧客データ(購買履歴・属性・来店頻度等)は保有しているが、セグメント別の配信設計ができていない ✓ 在庫の消化・時間帯ごとの売上のムラなど、機会損失が生じている領域が存在する ✓ キャッシュレス決済やアプリを導入しているが、その顧客データをマーケティングに活用できていない ✓ コロナ禍以降、店舗への集客が難しくなり来店動機の創出に課題を感じている ✓ SDGsへの取り組みとして食品廃棄削減や在庫ロスの最小化に関心がある「誰に・いつ・何を届けるか」を設計することは、メールマーケティングツール・CRMツール・MAツールを使えば中小企業でも実装できます。大規模なデータ投資は不要です。まず「全員に同じ情報を一斉配信する」習慣を見直し、顧客を2〜3のセグメントに分けて内容・タイミングを変えるというスモールスタートから始めることが、パーソナライズマーケティングへの最も現実的な第一歩です。