
優秀な教員が流出し、廃校リスクが高まる私立学校—少子化×競争激化という構造変化の中で強みを引き出す戦略
2026.07.09更新 2026.07.10GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—「教育とビジネスは相いれない」という思い込みが私立学校を弱体化させている
私立学校は公立と同じく教育機関でありながら、民間の学校法人が運営する事業体です。少子化により子ども全体の数は減る一方で、私立学校数は微増傾向にあり、限られたパイを奪い合う競争は激化しています。にもかかわらず、私立学校の多くが「教育とビジネスは相いれない」という思い込みから経営企画的視点の導入を避けています。労務管理の不備・リスク管理の欠如・財務の悪化という3つの課題が積み重なることで優秀な教員が流出し、学校のポテンシャルが損なわれています。「大きな変革」ではなく「ほんの少しの経営的視点」を導入するだけで、学校が持つ本来の強みを引き出し、競争に生き残る経営改善が実現できます。2|私立学校の特殊な立場—公立との共通点と決定的な相違点
私立学校の経営課題を理解するためには、公立学校との法的・運営的な違いを正確に把握することが出発点です。
私立学校が陥りやすい悪循環 経営的視点と教育的視点のバランスが崩れる→ 経営が苦しくなる→ 生徒への提供価値が下がる→ 生徒が学校を去る→ さらに経営が苦しくなる → 廃校の危機 この悪循環を断ち切るための経営企画的視点の導入が、今求められています。
3|少子化×私立学校増加という逆説—競争は激化している
日本では少子化が進行していますが、私立学校数はこの流れとは反対に微増の傾向にあります。1家庭当たりの子どもの数が減少した結果、1人当たりにかけられる金額が増加し「少しでもよい教育を」という考えから私立の人気が高まっている可能性があります。しかし、子ども全体の人数は確実に減少しており、奪い合うパイは縮小しています。私立学校の数が増えつつも市場全体が縮小するという構造の中で、競争は激化の一途をたどっています。
私立学校の最大の競争優位は「先生方の力」です。公立学校と異なり教員の異動がない私立学校において、その学校で長年力を蓄えた先生方の存在こそが最大の差別化要因です。その先生方が授業・クラス・部活・校務に本来の力を投入できる環境を作ることが、それぞれの学校の本来の強みを活かした最も効果的な経営改善です。
4|私立学校が抱える3つの構造的課題—経営的視点の欠如が生む問題
私立学校に経営企画的視点が導入されてこなかった背景には、校長先生の多くが定年退職した公立学校の教員出身であることが一因として挙げられます。優れた教育者であっても、経営という視点よりも教育者としての視点が強いのは自然なことです。その結果として以下の3つの課題が生まれています。▶ 課題① 労務面—「給特法準拠」という民間では通用しない慣行 公立学校の教員には「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」が適用され、残業代の代わりに月給の4%の調整手当が支給されます(1か月160時間労働で換算すると約10時間分の残業代しか払われない)。これは現在「定額働かせ放題」と揶揄されている制度ですが、この法律は公立の教員にしか適用されません。したがって私立学校の教員には労働基準法が適用され、正規の残業代を請求する権利があります。しかし実態は、依然として給特法に準ずる形を取っている学校が大多数を占めています。さらに深刻なのは勤怠管理の問題で、2020年の調査では約60%の私立高校が勤怠管理をしていないまたは自己申告制という結果が示されています。
▶ 課題② リスク管理—公立には国家賠償法の「盾」があるが、私立にはない 教員による犯罪行為・過失(個人情報の流出等)・保護者トラブル(いわゆるモンスターペアレンツへの対応)など、学校が抱えるリスクは多岐にわたります。公立学校の場合、民事での賠償請求は国家賠償法に基づいて国・地方自治体に向けられますが、私立学校の場合は学校や教員がダイレクトに賠償請求を受けます。しかし、一般企業が設けているようなカスタマー対応窓口・法務対応の専門部署・標準対応マニュアルが、多くの私立学校には存在しません。保護者等への対応は日々の激務に追われる現場の教員が担っており、適切な対処が困難な状態が続いています。
▶ 課題③ 財務面—「教育とビジネスは別」という思い込みが財務悪化を招く 教職員への給与未払いなど財務状況が危機的な私立学校の報道が示すように、財務の問題は廃校リスクに直結します。DX化の浸透が遅れた「紙文化」が優位の環境・業務の属人化・ムダなコストの放置が財務を圧迫し、本来教育に投入されるべき資金が削られています。
▶ 3つの課題が連鎖して起きること—優秀な教員の流出 競争状態にある私立学校では現場の教員に「結果」が求められます。しかし一方で勤怠・給与等での評価に反映されないというアンバランスが生じています。その結果として「評価よりもやりがいと安定を求めるなら公立へ・より評価や競争を求めるなら民間企業へ」という流れで優秀な人材が流出しています。
5|3つの課題への経営企画的アプローチ—「大きな変革」ではなく「ほんの少しの視点」
▶ アプローチ① 工数の可視化による勤怠管理の徹底と労働環境の改善 教員の業務は大きく「①授業②担任・副担任(学年業務)③部活動④校務分掌」の4つに分類されます。このうち可視化されているのは「授業のコマ数」のみです。担任業務・部活動・校務分掌は工数の可視化が行われてこなかったため、一部の教員への負担集中・不公平感が生まれています。
工数の可視化が生む2つの副次的効果 ①人事評価制度の充実:現在、教員個人への人事評価を行っている私立学校は全体の約4分の1程度。工数の管理とそれに対する結果の評価が進めば、評価制度が充実して各個人のモチベーションが向上する。 ②業務の削減:可視化は出費増加を招くという懸念がありますが、逆に業務の均等化・不要業務の削減による全体の業務量の抑制につながります。
▶ アプローチ② リスクマネジメントの体制整備——民間の手法で私立学校固有のリスクを管理する 残業代の適切な管理システムの導入(民間企業と同様の勤怠管理ツールの活用)と、保護者対応・法務リスクへの対処マニュアルの整備を行うことで、現場の教員が不安なく本業に集中できる環境を作ります。「専門部署を設けると人員コストが増える」という懸念がありますが、長期的に見ると「教員の退職増による採用コスト・外部との訴訟費用・マニュアル化による工数削減」を合算すると、投資した人員コストを上回る費用削減につながる可能性が高いです。リスク管理への投資はコストではなく、将来コストの回避です。
▶ アプローチ③ 財務分析によるムダの削減と本業への資金投入 財務分析の目的は「人員整理」ではなく「ムダの削減と本来の教育への資金再投入」です。一般企業では当然の取り組みも、学校では「紙文化」の優位性・DX化の遅れにより手つかずになっている部分が多く存在します。
6|経営改善が生む好循環—先生が力を発揮できる環境が学校の競争力になる
3つのアプローチによる経営改善が実現すると、以下の好循環が生まれます。【現在の悪循環】 労務・リスク・財務の課題 → 教員の不満・不安の蓄積 → 優秀な教員の流出→ 教育の質の低下 → 生徒・保護者の流出 → 経営悪化 → 廃校リスク
【経営企画的視点導入後の好循環】 工数の可視化・リスク管理・財務分析 → 教員の不満・不安の解消→ 教員が本業(授業・クラス・部活)に集中できる環境の実現→ 各学校の本来の強みを活かした教育の質向上 → 生徒・保護者からの選択→ 安定した経営基盤の確立 → さらなる教育への投資
「ほんの少しの経営的視点」で十分な理由 大規模な組織改革・システム投資・全面的な制度変更は必要ありません。工数を記録し始める・対応マニュアルを1冊作る・財務数値を月次で確認するという「ほんの少しの変化」が、先生方の環境を改善し、学校全体の力を引き出します。教育とビジネスは相いれない部分がある一方で、経営企画的視点の導入は教育の質を下げるのではなく、教育の質を上げるための基盤を整えることです。
7|経営判断チェックリスト—経営企画的視点の導入を今検討すべき私立学校の条件
✓ 教員の離職率が高く、採用・育成コストが継続的に発生している ✓ 教員の勤怠管理が自己申告制または未実施であり、残業代の適切な支払いが行われていない ✓ 保護者トラブル・教員の問題行動への対応が現場の教員任せになっており、専門的な対応体制がない ✓ 財務状況の把握が年度末の決算のみで行われており、月次での費用管理・分析が行われていない ✓ 校務分掌や部活動の負担が特定の教員に集中しており、不満や疲弊の声が上がっている ✓ 少子化の進行と競合校の増加を感じているが、自校の差別化ポイントが言語化されていない私立学校は教育機関である前に、持続可能な経営が求められる組織です。先生方が力を発揮できる環境を整えることが各学校の本来の強みを活かした最大の経営改善であり、それを実現するために必要なのは「大きな変革」ではなく「ほんの少しの経営的視点」です。労務・リスク・財務の3課題に向き合うことが、競争が激化する私立学校経営の持続的な成長への第一歩です。