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投資/資本戦略

薬価改定という構造的逆風—医薬品業界の4つのM&A戦略と投資機会の全体像 9.9兆円市場の成長停滞・治験後進国・AI創薬という3つの構造変化から読む、参入判断フレームワーク

2026.07.09GROWTH INTELLIGENCE 編集部

特許切れに伴う収益減少や、研究開発費の際限ない高騰により、従来のビジネスモデルが限界を迎えつつあることに強い危機感を感じていませんか。新薬創出の難易度が飛躍的に高まる中、自社のリソースのみで成長を維持し続けることは、世界的な製薬大手であっても困難な時代に突入しています。現状における課題の核心は、創薬の主戦場が抗体医薬や遺伝子治療といった新領域へシフトし、巨額の投資と高度な専門性を自社だけで囲い込むことがリスクとなっている点にあります。この難局を乗り越え、持続的な成長を実現するには、グローバルなM&Aを戦略的な選択肢として活用し、有望なパイプラインの獲得と事業ポートフォリオの迅速な最適化を断行しなければなりません。外部の革新的な技術を取り込む柔軟な姿勢こそが、次世代の競争力を生む源泉となります。本記事では、医薬品業界の最新動向を整理し、主要なM&A事例から、不確実な未来を切り拓くための戦略的展望を詳しく紹介します

1|結論—医薬品業界は「国内縮小×海外拡大」という二重構造の中に投資機会がある

2022年度の日本の医薬品市場規模は9.9兆円。しかし2027年までの年平均成長率は-2〜+1%と低成長が見込まれており、海外市場と比較して日本の成長率は著しく低い状況が続いています。その根本原因は「薬価改定(2021年より年1回に頻度増加)による収益悪化」と「新薬承認率の低さ(欧米承認済みの約7割が未承認)」です。この構造的逆風に対応するため、製薬企業は4つのM&A戦略を展開しています。 ①海外創薬ベンチャーの買収によるR&Dコスト削減②海外販路獲得と事業多角化 ③不祥事企業の設備・人員取得による供給能力強化④DXベンチャーとの提携による業務効率化 武田薬品・東和薬品・サワイグループ・スズケンの事例がこの4戦略を体現しています。

医薬品業界は超高齢化社会の到来という強い需要追い風を持ちながら、日本独自の規制環境と薬価制度によって国内の収益性が構造的に圧迫されている特殊な市場です。この「需要は確実だが収益は不安定」という構造が、M&Aによる課題解決の動きを加速させています。

2|市場構造の理解—「日本だけ成長しない」医薬品市場のメカニズム

日本の医薬品市場が海外と比較して成長率が低い理由は2つの構造的な問題に起因します。

 問題① 治験後進国—新薬承認率の低さと承認期間の長さ

欧米で承認された新薬の約7割は日本では未承認の状態が続いており、その比率は年々上昇傾向にあります。承認までの期間も日本は54.1か月と韓国の28.2か月の2倍近くかかっています。日本独自の治験制度(海外製薬会社が日本市場で新薬を販売するには別途日本人への第1相の追加調査が必要)が主要因でしたが、2023年12月に厚生労働省が日本人での治験の原則廃止を通知し、段階的な改善が進んでいます。

 問題② 薬価改定の頻度増加による収益悪化

薬価(医療用医薬品の価格)は行政機関によって決められており、原則として改定が行われるたびに薬価は下がります。2021年度より改定頻度が2年に1回から1年に1回に変更されました。この変更の背景は医療費の増大です。2022年度の日本の医療費は46.0兆円で過去最高を更新しており、2040年には約76兆円に達すると推計されています。
薬価改定が製薬業界に与える最大の影響は 「薬価が下がる日本市場で売るより、海外で売った方が収益になる」という構造が生まれ、 国内の大手メーカーは海外販路拡大で国内売上減をカバーする戦略に転換することです。また海外の新薬メーカーが日本から撤退するケースも増えており、国内の薬の選択肢が減るという問題にも発展しています。

 

3|医薬品バリューチェーンと4つのプレイヤー—投資対象の整理

医薬品市場のバリューチェーンは「新薬メーカー→ジェネリック医薬品メーカー→一般医薬品メーカー→医薬品卸」という4つのプレイヤーで構成されています。M&A投資の観点で各プレイヤーを評価します。

 

4|4つのM&A戦略と実例—課題別の対応パターンの類型化

医薬品業界のM&Aは課題の性質に応じて4つの戦略パターンに整理できます。それぞれの事例を通じて投資のロジックを把握します。

戦略① 海外創薬ベンチャー買収—R&Dコスト削減と将来製品特許の取得

薬1種あたりの開発に9〜17年・約500億円のコスト、成功率約3万分の1という創薬の困難さに対して、AI・機械学習技術を持つ創薬ベンチャーを取得することで研究初期段階のコストを大幅に削減する戦略です。

武田薬品工業は2022年、米バイオ企業ニンバス・セラピューティクスの子会社であるニンバス・ラクシュミを買収しました。同社は最先端の計算機技術と機械学習を使い副作用を起こしにくい低分子医薬品を複数開発しており、皮膚病・炎症性腸疾患などへの有効性が期待される新薬候補「NDI-034858」の特許を保有していました。将来的な大型製品となる特許を保有する創薬ベンチャーの取得により、自社でのゼロからの研究コストを回避し、開発コストの低減を実現するアプローチです。

戦略② 海外販路獲得と事業多角化—薬価改定リスクの地理的分散

薬価改定の影響を受ける国内市場への依存を下げ、規制環境が異なる海外市場での収益で補完する戦略です。また国内では薬価改定の影響を受けない隣接事業(健康食品・サプリメント等)を新たな収益柱として育てる多角化も同時に進められています。

東和薬品は2019年にスペインのジェネリック医薬品メーカー「ペンサ インベストメンツ」の全株式を取得し、欧州での安定した事業基盤を獲得しました。さらに2021年には健康食品の開発・受託生産を手がける三生医薬を476億円で買収しました。主力のジェネリック医薬品事業は毎年の薬価引き下げや品質問題で見通しが立てにくいため、健康食品を第2の収益の柱として育てることが目的です。

 戦略③ 不祥事企業の設備・人員取得—供給能力の強化

ジェネリック医薬品の供給不足という業界全体の課題に対して、品質不祥事で業務停止処分を受けた事業者の設備・人員を取得することで供給能力を即時強化する戦略です。

サワイグループホールディングスは2022年、法令違反で業務停止処分を受けた小林化工のジェネリック医薬品製造設備・物流拠点・人員を取得しました。小林化工の業務停止で年間約30億錠の供給がストップしており、業界全体の供給能力確保が急務でした。信頼回復には長期間かかると見込まれる状況で、設備・人員を別の優良メーカーが取得することで生産体制を増強し供給安定化を実現するアプローチです。

戦略④ DXベンチャーとの資本業務提携—業務効率化と新付加価値の創出

在庫管理・発注管理・MR(医薬品情報担当者)活動など、医薬品業界固有の業務をDX技術で効率化するとともに、DXスタートアップとの提携で新たなサービスを創出する戦略です。

医薬品卸のスズケンは2021年、IoTを使った在庫・発注管理DXソリューションを展開するスマートショッピングと資本業務提携を行いました。スマートショッピングのスマートマットによる在庫管理システムを医療機関向けに拡張し、スズケンの医薬品トレーサビリティシステムと組み合わせることで新たな付加価値サービスを創出しています。

4戦略の共通するロジック:「薬価改定という制御できない外部環境」への対応 戦略①(創薬コスト削減)・戦略②(海外販路・多角化)・戦略③(供給能力強化)・戦略④(DX効率化)—いずれも「薬価が下がり続ける国内市場での収益を守りながら、次の成長を確保する」という同じ経営課題に対して異なる角度からM&Aで解決を図っています。

5|AI創薬という構造変化—M&A投資の新しいターゲット領域

医薬品業界の中長期的な変化を最も左右するのが「AI創薬」の進展です。富士通と理化学研究所の開発例では、従来1日かかっていた基礎研究プロセスが2時間まで短縮されるという実績が示されています。世界の医薬品開発品目シェアではすでに創薬ベンチャーが80%を占めており、大企業による自前の創薬から「ベンチャー活用型の創薬」へのシフトが進んでいます。

 AI創薬の導入ハードルと国内の現状

AI創薬の実装には①学習用の創薬データの整備②AIと創薬の両知識を持つ人材の確保③既存研究環境の抜本的な刷新という3つの高いハードルがあります。既存の新薬メーカーは創薬知識は豊富でもAI人材が不足しており、逆にAI人材は豊富でも創薬データが不足するという逆説的な状況が続いています。この状況に対し政府は国内創薬ベンチャーの活性化のための資金援助等の施策を進めています。国内の創薬特化ベンチャーが増加し始めており、医薬品バリューチェーン上での水平分業が今後加速することが予想されます。
「AI創薬ノウハウ×創薬データ×人材」を持つ国内外のスタートアップは、大手新薬メーカーにとって最も魅力的な買収ターゲットになりつつあります。技術のコモディティ化が進む前のこの時期に、AI創薬領域への投資ポジションを確保した企業が中長期での競争優位を握ります。

6|経営判断チェックリスト—医薬品業界へのM&A投資を今検討すべき企業の条件

✓ 超高齢化社会の到来による確実な需要成長(2040年に医療費76兆円見込み)を投資根拠として活用したい ✓ AI・機械学習・バイオ技術を持つ創薬ベンチャーへの投資で、大手製薬会社のR&Dパートナーとなる機会を狙っている ✓ 薬価改定リスクの影響を受けにくい海外医薬品市場への参入・シェア拡大を検討している ✓ 品質不祥事等で業務停止処分を受けた医薬品事業者の設備・人員をバリューアップ型M&Aで取得したい ✓ IoT・AI・在庫管理などのDX技術を持ち、医薬品卸・医療機関向けのソリューション市場に参入したい ✓ 一般医薬品・健康食品・サプリメントなど薬価改定の影響を受けない隣接事業への参入を検討している

医薬品業界は「確実な需要成長(高齢化)×構造的な収益圧迫(薬価改定)×技術革新(AI創薬)」という3つの力が同時に作用する、M&A投資として複雑だが機会が豊富な市場です。4つの戦略パターン(創薬ベンチャー買収・海外販路獲得・設備取得・DX提携)のどれが自社の強みと最も親和性が高いかを見極めることが、この市場での投資成功の出発点です。

7|経営者への一言

医薬品業界の薬価改定は「一時的な逆風」ではなく「構造的な制度変更」です。この制度変化に適応できる企業は「海外・AI創薬・隣接事業」という3方向に活路を見出しています。自社の強みがどの方向と掛け合わさるかを設計してM&Aに臨むことが、この業界での投資を成功に導く唯一の方法です。

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