
金融機関のシステム障害の7割は「ソフトウェア」と「人的要因」
2026.07.09GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—障害の「表面的な原因」の根底にある3つの構造的課題が5年間変わっていない
金融庁の分析レポート(2024年6月)によると、金融機関のシステム障害の約7割が「ソフトウェア障害」と「管理面・人的要因」によるものです。この割合は2019年の分析レポートから5年間変化していません。この「変わらない」という事実の本質は、表面的な障害要因(ソフトウェア・人的ミス)の根底にある「レガシーシステムへの依存」「IT人材不足」「カルチャー」という3つの構造的課題が解消されていないからです。障害の個別対策ではなく、この構造的課題への対処こそが経営として問われる課題です。金融インフラは水道・電気・道路と同様に、国・企業・個人にとって不可欠なライフラインです。システム障害は決済の停止・顧客資産への影響・社会的信用の損失という甚大な結果をもたらします。にもかかわらず、同じ種類の障害が繰り返されているという事実は「個別の事象への対応だけでは限界がある」ことを示しています。
2|システム障害の分類と傾向—4類型と「7割」という数字の意味
金融庁は金融機関のシステム障害発生の端緒を4つに分類しています。
「7割がソフトウェア障害と管理面・人的要因」という数字の意味 ハードウェア故障(経年劣化・突発的な物理的破損)は防ぎにくい不可抗力です。しかしソフトウェア障害と管理面・人的要因は「設計・テスト・運用の質」によって大幅に低減できる問題です。この7割が5年間変わらないということは「対策が根本に届いていない」ことを示しています。
3|金融機関のシステム化における3つの構造的課題
金融機関のシステム化(デジタル化)の課題として繰り返し指摘されるのは、以下の3点です。これらは個別の問題ではなく相互に連動した構造的な課題群です。▶ 課題① レガシーシステムへの依存 レガシーシステムとは過去の技術・仕組みで構築されたシステムを指し、独自の設計で動いているため整備性・拡張性に難があります。1980年代に多くの企業が導入したシステムが今も稼働しており、当時の開発・運用に関わった人材が定年等で退職することで、現場にナレッジが残りにくいという問題も生じています。 金融機関特有の要因として、情報セキュリティの観点からシステムの内製化意識が高いこと・金融機関同士の統廃合による無理な設計の積み重ねがレガシー依存を高めていることが挙げられます。IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2024」でも、金融機関のレガシーシステムへの依存は他業種と比較して高い水準にあることが示されています。
▶ 課題② IT人材不足 IT人材不足は金融業界だけでなく全業界に共通する課題ですが、金融機関においては「もともとIT技術との親和性が低い」「自社内でIT人材の育成を行うのが難しい」という業界固有の困難があります。DX動向2024においても、金融機関のIT人材不足は明確に示されています。 金融機関での実務経験を持つ筆者の観点からも、業務の性質上この指摘は正確であり、IT系の業務経験者を内部で育成するための環境・機会・評価体系が整備されていないケースが多いと感じます。
▶ 課題③ カルチャー 金融機関の企業としての特徴(規模が大きく歴史が長い)と、扱う情報の性質(企業の経営状況・個人の資産情報)が、「情報がオープンになる可能性があること自体を嫌う」という組織的な慎重さを生んでいます。この慎重さ自体は金融機関として当然の姿勢でもありますが、それがDX推進のスピードを制約する要因にもなっています。
4|障害要因と構造的課題の「連鎖」—5年間変わらない本当の理由
システム障害の上位2類型(ソフトウェア障害・管理面/人的要因)と金融機関のシステム化課題は、表裏一体の関係にあります。
この連鎖構造が示す経営的な示唆 「ソフトウェア障害が起きた→対策を打った」という個別対応を繰り返しても、レガシーシステムへの依存が続く限り次の障害の種は残り続けます。「管理面・人的ミスが起きた→手順を見直した」という個別対応でも、IT人材不足が解消されない限り人的要因の障害は再発します。根本的な改善は「カルチャーの変革を起点とした」構造課題への対処からしか生まれません。
5|具体的な障害事例—「どこで何が起きたか」から設計の教訓を学ぶ
金融庁レポートに記載された代表的な障害事例から、設計・運用上の教訓を整理します。
6|金融機関のシステム化への意識—「後ろ向き」ではなく「積極的」というデータの事実
ここまでの課題を見ると金融機関はシステム化に後ろ向きという印象を受けるかもしれませんが、データはむしろ逆を示しています。
「意識は高いが障害は減らない」というパラドックスの本質 金融機関のDXへの取り組み意識とCIO設置率は高い。しかし障害傾向は5年間変わっていない。このパラドックスが示すのは「意識・意欲では解決できない構造的な問題が存在する」ということです。レガシーシステムの刷新には膨大なコストと期間がかかり・IT人材の育成は短期では実現しない・カルチャーの変革は一朝一夕ではできません。「意識を持って中長期的にコミットし続けること」が唯一の解決経路です。
7|経営判断チェックリスト—システムリスク管理を今見直すべき金融機関の条件
✓ 基幹システムにレガシーシステムが含まれており、そのシステムを知る人材が限られている・いなくなりつつある ✓ システム障害が発生した際に「その都度の対処」にとどまり、根本原因への構造的な対策が後回しになっている ✓ IT人材の内部育成の仕組みがなく、システム関連の専門知識が特定の担当者・外部ベンダーに依存している ✓ プログラム更新・リリース作業に際して、本番同等のテスト環境での事前確認が標準化されていない ✓ 冗長構成を設計・実装しているが、実際に切り替えが正常動作するかの定期的な稼働テストを実施していない ✓ システム障害発生時の業務再開手順・意思決定プロセスが文書化されておらず、発生時の対応が属人化している金融インフラは社会の根幹を支えるライフラインです。アフリカでネットバンキングの普及が経済発展の一助となったように、金融インフラの強靭さは国・地域の経済循環の基盤です。日本では早くから金融インフラが整備されてきた一方、新技術・新たな決済手段の台頭により優位性が変化しつつあります。現状のシステム化課題を乗り越え、強固な金融インフラを維持・強化することは、個々の金融機関の競争力だけでなく日本経済全体の持続的な発展に直結する経営課題です。