GGROWTH INTELLIGENCE経営に、次の一手を。

vol.37

成長戦略/売上拡大2026.10.27約4分

顧客に何を任せ、何を見せるべきか

完成の一部は渡しても、何を作るかの線は渡さない

ロバート・オーウェン × 早川徳次 × 岡本太郎

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製品の機能や価格で差がつきにくくなり、「顧客を開発に巻き込もう」「作る過程を見せよう」と考える会社が増えています。記事は、製品・価格・流通・販促の4Pに、「顧客参加」と「プロセス」を加えた6Pで考えよと説きます。けれど、作り方を見せれば真似されるのではないか。顧客の声を聞けば、よい製品になるのか。今宵は、スコットランドの紡績工場を国内外の誰にでも開いたロバート・オーウェン、「他社がまねしてくれる商品をつくれ」の言葉が伝わるシャープ創業者の早川徳次、考古学の資料として見られていた縄文土器を今の芸術として見直した岡本太郎が、顧客に渡してよいものと、渡してはいけないものを語ります。

今宵の賢人たち

  • オロバート・オーウェン工場を開くこと自体が、主張になる1771–1858。英国の企業家・社会改革家。スコットランドのニューラナーク紡績工場で、住まい・教育・労働時間を整える経営を行い、協同組合運動の源流の一人とされる
  • 早早川徳次まねされることを恐れない1893–1980。シャープの創業者。繰出鉛筆(早川式繰出鉛筆)と国産の鉱石ラジオで事業を興した
  • 岡岡本太郎物差しを替えると、見えるものが変わる1911–1996。芸術家。パリで抽象芸術・シュルレアリスムに触れ、戦後は対極主義を唱えた。《太陽の塔》(1970)の作者

対談本編

実線の下線↗は元記事の該当箇所(別タブ)、点線の下線は下の「発言の背景にある出来事」へ移動します。

司会

今日は「4Pだけでは差別化できない時代」という記事を題材にします。記事は、製品・価格・流通・販促の4Pに、「顧客参加」と「プロセス」を加えた6Pで考えよと説きます。まずオーウェンさん、作り方を外に見せるとは、どういうことでしょうか。

ロバート・オーウェン

私はスコットランドのニューラナークの紡績工場を、国内外の誰にでも区別なく開きました。働く人の住まいや学校、労働時間まで、やり方をそのまま見せたのです。見学に来たのは糸の買い手ではありません。それでも、見てもらうこと自体が、私の経営の主張になりました。

司会

見せたのは製品ではなく、考え方だったのですね。とはいえ、作り方を見せれば真似されます。早川さん、いかがですか。

早川徳次

私はラジオ工場で、実用新案を取ったコンベヤを見学者に隠さず見せた、と伝えられています。会社が私の言葉として伝えているのが「他社がまねしてくれる商品をつくれ」です。私の鉱石ラジオも、米国製を分解して同じ部品を作るところから始まりました。ラジオには故障通知票を付け、小売店が故障の中身を書いて送ると、修理代を払う仕組みにしました。使う人の声が戻ってくれば、真似されても次を先に出せます。

司会

見せて、声を集めて、先に出す、ということですね。では、顧客の声を聞けば、よい製品になるのでしょうか。岡本さん。

岡本太郎

私は『今日の芸術』に、今日の芸術は「ここちよくあってはならない」と書きました。多くの人の声に合わせていけば、作るものは心地よいものに寄っていきます。私が1952年の「縄文土器論」で、縄文土器を考古学の資料としてではなく、今の芸術として見るべきだと書いたのも、多くの人の評価に合わせたからではありません。物差しを替えたからです。

ロバート・オーウェン

しかし、私の工場は、見せたからこそ、疑いながら見に来た人まで納得させました。見せることと、相手の声に合わせることは別です。

岡本太郎

そのとおりです。見せるのも、聞くのもよい。ただ、聞いた声を件数で読めば、平均しか残りません。商品企画の担当者が月末に、採らなかった顧客の案を、一つの作品として読み直してみる。物差しの外にあった案が、そこに残っていることがあります。御社で、集計されたまま棚に眠っている顧客の案はどこにありますか。

司会

三人の話をまとめます。オーウェンさんは、工場を外に開き、疑う人まで納得させました。早川さんは、真似されることを恐れずに作り方を見せ、顧客の声が戻る仕組みを作りました。岡本さんは、声に合わせれば作るものは心地よさに寄ると反論し、物差しを替えて読むことを勧めました。つまり、顧客に渡してよいものと、渡してはいけないものがあります。作り方を見せることや、声を聞くことは渡してよい。けれど、何を作るかの線は、作り手が引くものです。記事は「顧客参加」と「プロセス」を4Pに加えよと説きますが、それは完成の一部を相手に渡すことであって、何を作るかまで任せることではありません。一度、採らなかった顧客の案を、件数ではなく一つの作品として読み直してみてください。読み直す前と後で、何が見えるかを比べてみてください。

対談から読み解く、3つの軸

なぜこの四人だったのか。各人がどの論点を担っているかを、人選の設計とあわせて示します。

  • ロバート・オーウェン:工場を開くこと自体が、主張になる

    記事の「プロセスの公開」に、見せること自体が会社の主張になる、という見方を足す役です。ニューラナークの工場を国内外の人に区別なく開き、疑いながら来た人まで納得させた経験から語ります。

    理論: ニューラナーク紡績工場の公開と『新社会観』(1813〜14年)

  • 早川徳次:まねされることを恐れない

    記事の「真似されるのでは」という不安に、真似されることを恐れずに作り方を見せる、という構えを足す役です。実用新案のコンベヤを見学者に見せ、故障通知票で使う人の声が戻る仕組みを作った経験から語ります。

    理論: 故障通知票(1930年)と、工場の作り方の公開

  • 岡本太郎:物差しを替えると、見えるものが変わる

    記事の「顧客参加」に、声に合わせれば作るものは心地よさに寄る、という反論を立てる役です。考古学の資料として見られていた縄文土器を、今の芸術として見直した「縄文土器論」から、物差しを替えて読むことを語ります。

    理論: 「縄文土器論」(『みづゑ』1952年)と『今日の芸術』(1954年)

完成の一部は渡しても、何を作るかの線は渡さない

製品の機能や価格で差がつきにくくなったとき、顧客に参加してもらい、作り方を見せることが新しい差になると言われます。対談の三人が示したのは、その2つが別々の施策ではないことでした。作り方を外に開くこと自体が、会社の考え方を伝える。真似されることは、作り方が認められた証でもある。一方で、声に合わせていけば、作るものは心地よいものに寄っていく。だから顧客の声は、件数として数えるのではなく、物差しを替えて一つの作品として読む。どこまでを自社で決め、どこからを相手に渡すか。その線を引くことが、顧客参加とプロセスに共通する経営の仕事です。

学びの読書案内

  • ロバート・オーウェン

    ニューラナーク紡績工場の公開と『新社会観』(1813〜14年)

    『新社会観』(A New View of Society、1813〜14年)

    著作・資料を探す ↗

  • 早川徳次

    故障通知票(1930年)と、工場の作り方の公開

    早川式繰出鉛筆(1915年)/国産の鉱石ラジオ(1925年)

    著作・資料を探す ↗

  • 岡本太郎

    「縄文土器論」(『みづゑ』1952年)と『今日の芸術』(1954年)

    『今日の芸術』(1954年)/《太陽の塔》(1970年)

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発言の背景にある出来事

  • ロバート・オーウェン

    「私はスコットランドのニューラナークの紡績工場を、国内外の誰にでも区別なく開きました」

    ニューラナーク紡績工場

    オーウェンは1800年からニューラナークの経営を担い、住まい・教育・労働時間を整えた。自伝(1857)は、工場が国内外の人に区別なく公開されていたと書く。1816年には「性格形成学院」を開いた

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「ロバート・オウエン」 ↗

  • 早川徳次

    「私の鉱石ラジオも、米国製を分解して同じ部品を作るところから始まりました」

    国産の鉱石ラジオ(1925)

    早川は大阪・心斎橋で米国製のラジオを買い、所員と分解して部品を一つずつ同じように作るところから始めた。1925年に発売した鉱石ラジオは輸入品の半額以下だった(シャープ公式)

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「早川徳次 (シャープ)」 ↗

  • 岡本太郎

    「1952年の「縄文土器論」で」

    「縄文土器論」(1952)

    1951年11月、岡本は東京国立博物館で縄文土器を見て強い衝撃を受け、翌年『みづゑ』2月号に「四次元との対話―縄文土器論」を発表した。川崎市岡本太郎美術館は、それまで考古学の資料として見られていた縄文土器が、以後美的な観点から語られるようになったと解説している

    ↑ 本文の発言に戻るWikipedia「岡本太郎」 ↗

本連載は、各氏の原著・公開されている理論解説に基づき、現代の経営課題に合わせて再構成した架空の対談コンテンツです。発言はGROWTH INTELLIGENCE編集部による創作を含みます。

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