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「顧客の価値観」をデータ化する時代が来る—人のデジタルツイン「subME」とD2Cマーケティングの未来

2026.09.04GROWTH INTELLIGENCE 編集部

顧客志向を掲げながら、購買履歴や属性情報だけで顧客を理解したつもりになっていないでしょうか。D2Cの広がりにより企業は顧客データを直接持てるようになりましたが、価値観や判断基準まで把握することは依然として難しいままです。その結果、表面的なレコメンドや訴求にとどまり、本当に響く提案ができない課題が残ります。そこで注目されるのが、人の価値観を仮想空間上に再現するデジタルツインの発想です。会話や行動データを通じてその人らしさを蓄積できれば、従来より深い顧客理解に基づく提案精度の向上が期待できます。本記事では、日本総合研究所の「subME」を手がかりに、人のデジタルツインが次世代のデジタルマーケティングやD2Cの顧客理解をどう変えうるかを学べます。顧客を平均像ではなく一人ひとりの価値観で理解しようとする発想が、次の打ち手の質を変えていきます。価値観を捉える精度が上がれば、提案の納得感や継続利用の可能性も高まりやすくなります。

1|結論—顧客志向のDXを実現する「次の武器」が登場しつつある

D2C(Direct to Consumer)において、デジタルマーケティングの成否を決めるのは「顧客の価値観をどれだけ正確に把握できるか」です。しかし現在、企業が保有するデータは購買情報・属性情報にとどまり、価値観の真の把握には限界があります。日本総合研究所が開発を進める「subME」は、人の価値観をデジタル空間に再現する「人のデジタルツイン」であり、D2Cにおける顧客志向マーケティングを次の次元へ引き上げる可能性を持つテクノロジーです。

D2Cとは、ブランドやメーカーが自社で企画・製造した商品を、流通業者を介さず自社ECサイトなどで消費者に直接販売する形態です。B2BやB2Cが「誰と誰の取引か」を示す用語であるのに対し、D2Cは「消費者とのつながり方・販売方法を含む取引形態」を指しています。D2Cが急速に注目を集めた背景には2つの構造変化があります。第一に、SNSの普及によってブランドが消費者に直接アプローチできる環境が整ったこと。第二に、ECサイトでの購買に対する消費者の抵抗感が大きく低下したことです。アパレル業界では「店舗訪問→試着→購入」という購買フローが主流でしたが、現在はECのみで購買を完結させる消費者が増加しています。コロナの影響がこの流れをさらに加速させたことも見逃せません。

こうした環境変化の中で、D2Cの競争軸は「チャネルの構築」から「顧客理解の深度」へと移行しつつあります。消費者データを自社マーケティング資源として蓄積・活用できる点はD2Cの大きな強みですが、現状では購買履歴や属性情報にとどまっており、「その顧客が何に価値を感じているか」という価値観レベルの把握は実現できていません。

2|なぜ「購買データ」だけでは顧客志向のDXが完結しないのか

消費者の購買行動は常に費用対効果で判断されます。「少々高くても自分にとって価値があると思えるものには金を使う」という原則は、デジタル化が進んでも変わりません。したがって、マーケティングの精度を上げるためには、顧客が「何に価値を感じているか」という価値観レベルのデータが不可欠です。現在の企業が保有するデータは「何を買ったか」「どんな属性か」にとどまっています。しかし顧客が本当に求めているのは「自分の価値観に合った提案」であり、その乖離を埋めない限り、どれだけパーソナライズを高度化しても顧客体験は改善されません。購買データは「行動の結果」であり、「価値観の原因」ではないのです。

Amazonのレコメンド機能は購買情報・閲覧履歴をもとに商品を提案しますが、これは「過去の行動から未来の行動を予測する」アプローチです。一方、顧客の価値観データが利用可能になれば、「この人の価値観ならこの商品に共鳴するはず」という予測が可能になり、購買体験の質は根本的に変わります。D2Cにおける顧客志向の実現とは、このレベルの顧客理解を指しています。

3|デジタルツインとは何か—概念の整理と「人への応用」

▶ デジタルツインの基本概念 デジタルツインとは、Society5.0が提唱する「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の融合」の具体的な実装手段のひとつです。フィジカル空間の情報をリアルタイムでサイバー空間に取り込み、AIによって解析したのちにフィジカル空間へフィードバックすることで、新たな価値を生み出します。製造業では既に実用化が進んでいます。飛行機エンジンの状態をセンサーでリアルタイム計測し、AIが修理の必要なタイミングを事前に検知することで、ダウンタイムやコストを削減する事例がその典型です。設備・機械・インフラなど「モノのデジタルツイン」として広く活用されています。

▶ 「人のデジタルツイン」という発想の転換 日本総合研究所が開発を進める「subME」は、モノではなくヒトのデジタルツインに着目している点で従来の活用と根本的に異なります。ユーザーとAIの会話や内蔵カメラを介してフィジカル空間のデータを収集し、サイバー空間にそのユーザーの価値観を再現したデジタルツインを構築するサービスです。

4|subMEの概要と実証実験—何が実証されたか

▶ サービスの基本概要 subMEのメインターゲットは高齢者です。高齢者が認知症等を背景に自ら意思決定・意思表示ができなくなったとき、蓄積されたデジタルツインによって「この人ならこう考えていただろう」という推測を導き出すことを主目的としています。提供機能は大きく2つ—高齢者の動機付け(運動や社会活動等)と、価値観等のユーザー固有情報の蓄積・活用です。

▶ 広島での実証実験の内容と示唆 2021年2月1日〜2月28日、広島県内の60代〜80代の高齢者約20名を対象にCONNECTED SENIORSコンソーシアム2020(主催:日本総研)が実証実験を実施しました。実証協力企業には広島銀行のほか、アインホールディングス・NECソリューションイノベータ・燦ホールディングス・三井住友銀行が参画しています。実証実験では3種類のサービスを組み合わせて提供しました。タブレットを介した1日2回のオペレーターとの対話サービス、「お金」「身じまい」「住まい」「健康」の4テーマで将来への備えを整理する学習サービス、そして対話・学習を通じて生じた疑問やニーズを外部(広島銀行)に共有・相談できるサービスです。

【実証実験の重要な示唆】 広島銀行はsubMEを通じて、ユーザーごとの微妙な価値観の違いや、ユーザー自身も気づいていない価値観を従来より正確に把握することが可能になりました。これは「顧客が納得してお金を払うサービスを提供する」という顧客志向の究極形に近づく手段です。価値観の可視化は、金融サービスのみならずあらゆるD2Cビジネスに応用可能な発見です。

5|subMEがD2Cマーケティングに与えるインパクト

subMEのような「人の価値観をデジタルツインとして再現するサービス」が実用化・普及した場合、D2Cにおけるデジタルマーケティングは現在とは根本的に異なる次元に進化します。

将来的にsubMEに蓄積された情報をブランドやメーカーが活用できるようになれば、顧客志向のD2Cを具現化できる確率が飛躍的に上がります。顧客が「自分の価値観を理解してくれる企業」に対して自発的にデータを提供し、企業はそのデータをもとに顧客体験を磨くという好循環が成立します。

「Amazonが購買データ×価値観データでレコメンドを行う」という世界が実現した場合、それは購買体験の根本的な変革です。D2Cブランドにとっては、「自社の顧客の価値観データをいかに早く・深く蓄積できるか」が次の競争優位の源泉になります。

6|データ主権の移行—経営者が知っておくべき規制と潮流

subMEが示す「消費者が自分のデータを管理する」という発想は、単なるテクノロジーの話ではなく、グローバルな規制潮流とも連動しています。2018年にEUで施行されたGDPR(一般データ保護規則)では「データポータビリティ権」が提唱されました。これは「21世紀の人権宣言」とも呼ばれ、従来はGAFA等のプラットフォーマーが消費者データを保有・活用する権利を持っていた構造を転換し、消費者自身にデータの保有権を取り戻す取り組みです。国内においてもPDS(Personal Data Store)・情報銀行という用語が議論される頻度が増しています。これらが普及した先では、「消費者がデータを提供することのメリットを感じられる企業」だけがデータを収集してデジタルマーケティングを実行できる環境になります。
近い将来、顧客志向であることがデータ収集の「前提条件」になります。 自社の提供価値に共鳴した消費者が自発的にデータを提供してくれる関係性を構築できない企業は、デジタルマーケティングの精度を上げるためのデータ自体が取得できなくなるリスクがあります。「顧客のために何を提供するか」を起点にしないDX戦略は、データ規制の強化とともに機能しなくなります。

7|D2C×DXでよくある誤解—経営者が陥りやすい3つの罠

誤解① 「ECサイトを作れば D2Cは完成する」 D2Cの本質は販売チャネルの構築ではなく、消費者との直接的な関係性とデータ蓄積にあります。ECサイトは入口に過ぎません。顧客の価値観を理解し、その価値観に応じた体験を継続的に提供し続ける仕組みがなければ、D2Cは「安売りのためのチャネル」に成り下がります。

誤解② 「購買データを分析すれば顧客を理解できる」 購買データは「行動の結果」であり「価値観の原因」ではありません。何を買ったかは分かっても、なぜそれに価値を感じたかは購買データからは読み取れません。subMEが示すように、価値観レベルのデータ収集こそが次世代の顧客理解の競争軸です。現状のデータ活用に満足している企業ほど、この転換に乗り遅れるリスクがあります。

誤解③ 「データ規制は大企業の問題だ」 GDPRやデータポータビリティ権は、中小企業のD2Cビジネスにも影響します。消費者が自分のデータ主権を意識するようになった時代において、「企業が一方的にデータを収集・利用する」モデルは消費者の信頼を損ないます。データを提供する価値を消費者が感じられる顧客志向の設計が、今から必要です。

8|経営判断チェックリスト—デジタルマーケティング戦略を見直すべき企業の条件

✓ D2Cを展開しているが、顧客の価値観レベルの理解が購買データ分析にとどまっている ✓ パーソナライズ施策を導入しているが、顧客体験の改善効果が頭打ちになっている ✓ SNSやECサイトのデータを保有しているが、マーケティング戦略への活用が浅い ✓ デジタルツイン・Society5.0・PDS等の次世代テクノロジーの自社事業への影響を把握できていない ✓ データ規制(GDPR・個人情報保護法改正等)の強化が自社のデータ収集戦略に与える影響を整理できていない ✓ 顧客志向を掲げているが、実際のマーケティング施策が「売り手目線」になっている

subMEは2021年時点では高齢者向けサービスとして開発が進められていますが、「人の価値観をデジタル空間に再現する」という技術の方向性は、D2CをはじめあらゆるtoC事業に応用可能な汎用的なアーキテクチャです。このテクノロジーが実用化・普及した先の競争環境を想定したとき、今から準備できることは「顧客志向のデジタルマーケティング設計を深化させること」です。D2Cにおけるデジタルマーケティングの成否は、どれだけ顧客志向を実現できるかで決まります。テクノロジーはその手段ですが、顧客のことを深く考え続ける習慣と組織文化こそが、次世代の競争優位の基盤になります。

9|経営者への一言

次世代のデジタルマーケティングの戦場は「誰がより多くのデータを持つか」ではなく、「誰が消費者の価値観に最も近い場所にいるか」です。顧客志向のDXとは、テクノロジーを導入することではなく、顧客理解を深め続ける仕組みを作ることです。

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