
「捕る」から「デザインする」へ—異業種が養殖に参入できる理由と実例、買い手の調達要求に環境データで応える参入設計の進め方
2026.11.02GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—今すぐ取るべき経営判断
異業種から養殖に参入するかどうかは、「自社の設備・技術・販路のうち、養殖の弱点を埋められるものがあるか」で判断すべきです。水産の経験がないこと自体は欠点ではありません。陸上養殖の成否を分けるのは、設備の運転、電力の調達、生育データの管理、売り先の確保です。転用できる資産が思い当たらず、「成長市場だから」という理由だけで入るなら、見送る方が賢明です。資産があっても成功は保証されず、魚を育てる知見は提携先に頼り、採算も別の問題です(3章)。
環境面は、規制を先に満たせば後発を排除できる、という構図ではありません(4章)。それでも、排水、エネルギー、飼料の記録を最初の設計に組み込む価値はあります。買い手から説明を求められたとき、データがあれば取引先の選定で外れにくくなります。
2|なぜ今、養殖なのか—天然の漁獲は横ばいで、成長は養殖が担う
国連食糧農業機関(FAO)の「世界漁業・養殖業白書(SOFIA 2026)」によると、2024年の水産動物の養殖生産は1億300万トンで、初めて1億トンを超え、全体の53%です。天然の漁獲は約9,200万トンで、1980年代後半以降は8,600万〜9,400万トンの範囲にとどまっています(出典:FAO、2026年)。日本の令和7年度水産白書(2026年6月閣議決定)も、特集で養殖業の成長産業化を取り上げました(出典:水産庁、2026年)。ただし、「伸びる市場」と「自社が勝てる市場」は別の問題です。
3|異業種参入の実例—本業の資産を持ち込んだ結果はどうなったか
現状・成果は、公式発表などで確認できた範囲です。
| 企業 | 取り組み | 転用した資産 | 現状・成果 |
|---|---|---|---|
| JR西日本 | 2017年に鳥取県岩美町でマサバの陸上養殖を開始。2018年3月から「お嬢サバ」を出荷 | 沿線地域との協業、ホテル・飲食店の販路 | 出荷開始までは確認。採算は確認できず |
| 豊田通商 | 2010年に長崎県五島市でツナドリーム五島を設立。近畿大学の指導でクロマグロを養殖 | 調達・物流・販売網 | 事業開始までは確認。採算は確認できず |
| 関西電力 | 出資会社「海幸ゆきのや」が2022年7月、静岡県磐田市に完全閉鎖循環式(水を繰り返し使う方式)のエビ養殖プラントを完成 | 電力・設備運用の知見 | 2024年8月に全持分をNTTグリーン&フードへ譲渡 |
| NTT東日本 | 好適環境水(海水魚も淡水魚も育つ調整水)でベニザケの養殖成功を2023年7月に報告 | 通信・センサー・データの技術 | 福島県のスーパーで試験販売。事業化は検討中(2023年8月)、その後は確認できず |
| 三菱商事 | 2014年、サーモン養殖のCermaq社を公開買付け(株式を市場でなくまとめて買う手続き)で取得 | 資本力、世界の販路 | 買付けは成立(約92%を取得と報道) |
5社とも、大学・自治体・専門企業との提携か買収で、水産の知見を調達しています。成否が本業の資産によるのか提携によるのかは、公開情報から切り分けられません。
うまくいかなかった例もあります。陸上サーモン養殖のAtlantic Sapphire(米国)は、2024年12月期に1億6,730万ドルの純損失を出しました。ニューヨーク州のHudson Valley Fisheriesは、水の確保や費用の上昇などを理由に2026年8月に事業を閉じました(報道による)。日本の異業種の撤退例は今回確認できていませんが、関西電力は持分を譲っています。
4|買い手の調達要求と海域単位の割当—「規制」はどこまで参入障壁になるのか
海外の代表的な4つの仕組みを、拘束力と陸上養殖への適用で比べます。
| 制度 | 内容 | 拘束力 | 陸上養殖への適用 |
|---|---|---|---|
| ノルウェーのトラフィックライト制度 | 13の生産海域ごとに、サケジラミ(養殖場で増える寄生虫)が天然サケに与える影響を評価し、緑・黄・赤に分類。緑は生産枠(育ててよい量の上限)を最大6%増やし、赤は6%削減 | あり(国の判定) | 海面養殖の海域単位。陸上養殖は対象外 |
| EUタクソノミー(環境に良い事業かを判定するEUの基準) | 持続可能な活動を技術基準で定め、情報開示に使う | 開示の物差し。養殖の技術基準は、確認できた範囲で未整備 | 当てはまる基準は確認できず |
| 英国(イングランド)のBNG(生物多様性ネットゲイン) | 開発後の生物多様性を開発前より10%以上増やす義務(2024年2月から。2026年8月6日以降は0.2ヘクタール以下を除外) | あり(開発許可の条件) | 対象は平均低潮線(潮が引いたときの水際)までの陸域・潮間帯。沿岸の陸上養殖施設は対象となり得るが、沖合の海面養殖は対象外 |
| SBTNの海洋目標(SBTNは企業の自然保護目標の国際団体) | 水産物のバリューチェーン(生産から販売までの流れ)で、生息地・希少種などへの影響を減らす目標を設定できる(2025年3月) | なし(企業の自主目標) | 養殖場も生息地保護・希少種リスクの対象。目標を設定した買い手が、調達先に情報を求める可能性 |
拘束力があり養殖に直結する制度は、ノルウェーの1つだけです。しかも海面養殖の海域単位の判定で、個社が先に対応しても報われる仕組みではありません。実際、MowiやLerøyの関連会社を含む21社が、2022年と2024年の赤判定を不当として2025年10月に国を提訴しました。規制を先に満たせば後発を締め出せる、という構図は、確認できた範囲では見当たりません。
動きがあるのは買い手の側です。SBTNの目標は自主的ですが、目標を設定した大手の小売・外食は、取引先の養殖場に環境影響の説明を求める可能性があります(推定)。開店前から厨房を衛生基準どおりに作った飲食店は、監査が厳しくなっても慌てません。記録も同じで、選定で外れにくくなるだけで、採算は保証しません。
5|日本の制度と参入判断の進め方
| 制度 | 内容 | 参入企業への意味 |
|---|---|---|
| 改正漁業法(2020年12月施行) | 漁業権(決まった水域で漁業や養殖をする権利)の免許で、地元の漁協などを優先する従来の順位を廃止。現在の権利者が漁場を適切かつ有効に使っていれば、その者に免許する(漁業法73条2項1号) | 海面養殖の新規参入の道は開かれた。ただし、適切に使われている漁場は現在の権利者が優先される |
| 陸上養殖の届出制(2023年4月から) | 内水面漁業振興法に基づき、陸上養殖業を都道府県知事への届出の対象に | 2025年1月時点で740件(前年662件)。1年で新規107件、廃止29件。沖縄県186件と海ぶどう165件が最多で、異業種の大手の参入数を示す数字ではない |
| 30by30・OECM | 陸域・海域の30%以上を2030年までに保全する目標。民間の取り組みで守られる場所を「自然共生サイト」(OECM)に認定 | 沿岸の立地選定で、保全区域との関係を確認する必要がある |
届出の数字は、参入の増加と、1年で29件の廃止の両方を示しています(出典:水産庁、2025年9月)。判断は次の順で進めます。
STEP1 技術と方式を決める
魚種と、海面か陸上かを決めます。陸上なら、掛け流し式(水を流し続ける方式)か閉鎖循環式かも決めます。閉鎖循環式は排水を管理しやすい一方、電力の負担が重くなります。提携先も固めます。
STEP2 立地とエネルギーを確かめる
水源、電力の調達条件、排水の処理先、保全区域との関係を確認します。水の確保が事業を左右した例は、3章のとおりです。
STEP3 飼料の調達と由来を押さえる
飼料は生産コストの大きな部分です。原料の魚粉は天然の魚に依存するため、調達の安定と由来を確認します。
STEP4 販路と認証を先に決める
誰にいくらで売るかを、設備投資の前に決めます。売り先から環境面の説明を求められそうなら、ASC認証(環境と社会に配慮した養殖の国際認証)などの第三者認証の取得を前提にします。データの記録方法も、最初から設計します。
6|よくある誤解—養殖参入で判断を誤るパターン
誤解① 「水産の経験がない会社に養殖は無理だ」 魚を育てる知見は、提携で補えます。問うべきは経験の有無ではなく、設備の運転、電力調達、データ管理、販路という転用できる資産があるかどうかです。
誤解② 「陸上養殖なら環境規制の心配はない」 陸上養殖は海を直接汚しにくい方式ですが、電力から出る温室効果ガス、排水、飼料原料への依存は残ります。英国イングランドのBNGのように、陸上の施設建設そのものが評価対象となる制度もあります。
誤解③ 「規制が固まってから対応すれば十分だ」 EUタクソノミーのように養殖の基準が見当たらない制度もあり、待つ判断も合理的に見えます。しかし、排水・電力・飼料の記録は後から遡って取れず、買い手の説明要求は法の基準より先に来ることがあります。記録の仕組みは費用が小さいので、先に入れる方が安全です。
7|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸
養殖参入を優先すべき企業の条件
- 設備の運転・保守、水処理など、養殖設備に転用できる技術がある
- 電力を有利な条件で調達できる、または再生可能エネルギーの供給源がある
- 食品・外食・小売・ホテルなど、生産物の販路がある
- 遊休地や工場跡地など、水源と電力を確保できる用地がある
- 事業化まで数年かかる前提で、投資を続ける余力がある
今やるべきかの判断軸
最大の判断軸は、転用できる本業の資産を具体的に挙げられるかどうかです。挙げられない場合は、成長市場でも参入を見送り、既存事業者への出資や取引から関わる方が現実的です。挙げられる場合は、まず小規模な実証設備で確かめます。確かめるのは、生育データ、電力コスト、販売単価です。期間は最低でも1〜2年を見込み、量産へ進む前に「続ける・止める」の基準を決めておきます。排水・エネルギー・飼料の記録も、この実証から取ります。
やらない場合のリスク
検討しないままだと、リスクは3つあります。第一に、供給の伸びが養殖に移るなか、食品・外食・流通の企業が調達の選択肢と価格交渉力を失うリスク。第二に、設備・エネルギー・データの技術を生かせる新市場を他社に先に取られるリスク。第三に、環境面の説明を求められたとき、記録がなく応えられないリスクです。
8|経営者への一言
水産の経験がなくても、養殖には入れる。ただし、入れることと、続けられることは別の問題。
参考文献
- FAO「SOFIA 2026: Global fisheries and aquaculture production reaches new highs」(2026年6月) https://www.fao.org/newsroom/detail/sofia-2026--global-fisheries-and-aquaculture-production-reaches-new-highs/en
- 水産庁「令和7年度 水産白書を本日公表」(2026年6月) https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kikaku/attach/pdf/260605-1.pdf
- 水産庁「陸上養殖業の届出件数について(令和7年1月1日時点)」(2025年9月) https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/attach/pdf/taishitsu-kyoka-26.pdf
- 水産庁「水産政策の改革について」(2026年10月閲覧) https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/kaikaku/suisankaikaku.html
- 規制改革推進会議「水産改革に関する提言」(2020年4月) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/committee/20200413/200413honkaigi08.pdf
- 環境省「30by30」(2026年10月閲覧) https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/
- Regjeringen(ノルウェー政府)「Ny fargelegging i trafikklyssystemet for havbruk」(2026年) https://www.regjeringen.no/no/aktuelt/ny-fargelegging-i-trafikklyssystemet-for-havbruk/id3167021/
- Fish Farming Expert「21 fish farm companies sue the Norwegian state」(2025年10月) https://www.fishfarmingexpert.com/class-action-lawsuit-ministry-of-trade-industry-and-fisheries-norway/21-fish-farm-companies-sue-the-norwegian-state/2006810
- European Commission「Commission Delegated Regulation (EU) 2023/2486」(2023年6月) https://eur-lex.europa.eu/eli/reg_del/2023/2486/oj
- GOV.UK「Understanding biodiversity net gain」(2026年10月閲覧) https://www.gov.uk/guidance/understanding-biodiversity-net-gain
- Science Based Targets Network「SBTN Launches First Ocean Science-Based Targets for Seafood」(2025年3月) https://sciencebasedtargetsnetwork.org/news/news/sbtn-launches-first-ocean-science-based-targets-for-seafood
- JR西日本「3月8日(サバの日)から高付加価値マサバ『お嬢サバ』本格出荷開始!」(2018年3月) https://www.westjr.co.jp/press/article/2018/03/page_11981.html
- 豊田通商「ツナドリーム沖縄が養成したクロマグロを『近大マグロ』に認定」(2019年3月) https://www.toyota-tsusho.com/press/detail/190312_004341.html
- 関西電力「海幸ゆきのや 陸上養殖プラントの竣工」(2022年7月) https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2022/pdf/20220704_2j.pdf
- 関西電力「海幸ゆきのや合同会社の全持分の譲渡」(2024年8月) https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2024/pdf/20240801_1j.pdf
- NTT東日本「好適環境水を用いた完全閉鎖循環式陸上養殖ビジネス化に向けた実証実験の成果報告」(2023年7月) https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/pdf/20230720_01_01.pdf
- NTT東日本 福島支店「ベニザケの試験販売について」(2023年8月) https://www.ntt-east.co.jp/fukushima/information/detail/pdf/20230810_01.pdf
- 三菱商事「ノルウェー・サーモン養殖加工会社株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2014年9月) https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2014/0000025660.html
- SeafoodNews「Mitsubishi cements Cermaq deal, holds 92.16% in target」(2014年10月) https://www.seafoodnews.com/Story/950503/Mitsubishi-cements-Cermaq-deal-holds-92-point-16-percent-in-target
- Salmon Business「Atlantic Sapphire posts $167 million loss despite production growth」(2025年4月) https://www.salmonbusiness.com/atlantic-sapphire-posts-167-million-loss-despite-production-growth/
- SeafoodSource「Hudson Valley Fisheries closes operations citing high costs, lack of water access」(2026年8月) https://www.seafoodsource.com/news/hudson-valley-fisheries-closes-operations-citing-high-costs-lack-of-water-access
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