
ソフトウェアが「処方」される時代—DTx(治療用アプリ)は第3の治療になるか、承認・償還ルートの事業機会と参入障壁
2026.10.27GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—今すぐ取るべき経営判断
DTxへの参入で最初に決めるべきは、技術でも対象疾患でもなく、支払いの構造、つまり「誰が、いくら、何年払い続けるのか」です。薬事承認(国が医療機器としての販売を認めること)は、「売ってよい」という許可にすぎません。飲食店の営業許可を取っても、客が代金を払ってくれるとは限らないのと同じです。保険償還(保険から代金が支払われること)の道筋が見えないまま挑めば、数年の臨床試験と承認審査に資金を投じた末に、売上が立たずに資金が尽きかねません。
判断の軸は2つです。1つ目は出し方で、薬事承認と保険適用を取りにいく「DTxルート」か、承認を要しない「ヘルスケア・ウェルネスアプリ」かを選びます。前者は時間と費用がかかる代わりに、参入障壁(他社がまねしにくい壁)と価格の裏付けを得られます。後者は速く出せますが、病気を治すとは言えず、利用者や企業の予算に頼ります。2つ目は、単独で出すか、製薬会社など医療の流通網を持つ企業と組むかです。
2|なぜDTxは一般のヘルスケアアプリと別物なのか—承認・処方・償還の構造
DTxは、臨床試験で有効性を示して承認を受け、医師の処方で患者に届くソフトウェアです。
| 比較軸 | DTx(治療用アプリ) | ヘルスケア・ウェルネスアプリ |
|---|---|---|
| 目的 | 疾患の治療・管理 | 健康維持・生活習慣の改善 |
| 臨床エビデンス(効果の科学的な裏付け) | 治験(承認のための臨床試験)で有効性を示す | 必須ではない |
| 規制 | 医療機器の承認・認証と、売るための製造販売業の許可が必要 | 原則不要(病気の治療をうたえない) |
| 届け方 | 医師の処方 | 利用者が自分で入手 |
| 主な支払い手 | 公的保険・民間保険 | 利用者、企業、自治体 |
| 立ち上げ期間 | 数年単位 | 数か月単位 |
| 参入障壁 | 高い(承認と処方経路) | 低い(模倣されやすい) |
処方を通すと、医師から「治療の一部」として勧められるため、使い続けてもらいやすいと考えられます。一方、処方されなければ売上は立たず、医師への情報提供や、医療機関の手間を増やさない仕組みが要ります。処方という関門は、競合の参入を防ぐと同時に、自社の普及も遅らせます。
3|米国・ドイツ・日本の比較—償還の仕組みが事業の生死を分ける
| 比較軸 | 米国 | ドイツ(DiGA) | 日本(SaMD。医療機器扱いのソフトウェア=プログラム医療機器) |
|---|---|---|---|
| 規制の入口 | FDA(米国食品医薬品局)の許可(510(k)、De Novoなどの手続き) | 医療機器認証+BfArM(連邦医薬品医療機器庁)の審査 | PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査、厚生労働大臣の承認 |
| 支払いの仕組み | 民間保険者との個別交渉が中心。メディケア(高齢者向け公的医療保険)は2025年に精神領域の算定コード(医療費の請求区分)を新設。機器の価格は個別判断で限定的 | 公的保険で処方可能。有効性の検証途中でも仮に支払う暫定収載がある | 中医協(中央社会保険医療協議会。保険の範囲と価格を審議する国の会議)が保険適用を判断。承認と保険適用は別の手続 |
| 主な事例 | Welldoc「BlueStar」(2010年許可)、大塚製薬・Click Therapeutics「Rejoyn」(2024年許可) | 2025年末時点で58製品が収載 | CureAppの禁煙(2020年)、高血圧(2022年)、減酒(2025年)、サスメドの不眠(2026年) |
| 見えている課題 | 許可を得ても保険者が払わない | 初年度価格の高さと、有効性への疑問 | 普及の速度と、保険点数に見合う採算 |
米国のPear Therapeuticsは、FDAの許可を得た製品を複数持っていました。しかし保険者(医療費を支払う保険の運営者)の支払いが進まず、2023年4月に連邦破産法第11章(再建型の破産手続き)を申請しました(出典:Pear Therapeutics 8-K、2023年4月)。2020年にFDAの許可を得たAkili Interactiveも、支払い手の確保に苦しみ、2024年に約3,400万ドルで買収されました(出典:MedTech Dive、2024年5月)。
ドイツは2019年成立のデジタル医療供給法(DVG)で、医師が処方できるアプリの制度「DiGA」をつくりました。BfArMが原則3か月で審査し、有効性の検証途中でも暫定的に公的保険で処方できる「Fast-Track」もあります。一方、74製品のうち16製品が削除され、効果を示せなかった製品も含まれます。製造業者が自由に決める初年度価格は平均544ユーロで、交渉後の平均227ユーロより高く、支払い側が問題視しています(出典:zm online、2026年4月)。2026年からは、価格の少なくとも20%が成果に連動します(出典:Pharmazeutische Zeitung、2025年1月)。
日本では、CureAppのニコチン依存症治療アプリが2020年12月に国内初の保険適用となりました(出典:CureApp、2020年12月)。高血圧治療補助アプリが2022年9月(出典:週刊アスキー、2022年9月)、沢井製薬が販売を担う減酒治療補助アプリ「HAUDY」が2025年9月に保険適用されています(出典:CureApp・沢井製薬、2025年8月)。不眠のアプリも2026年6月に保険適用され、償還価格は24,100円です(出典:サスメド、2026年5月)。
4|「治ると売上が減る」問題—薬を補うデジタルという選択肢
医療の多くは、患者が通院し、薬を使い続けることで収益が生まれます。アプリで患者が早く回復すれば、関係者の売上はむしろ減りかねず、処方する側に使う動機が生まれにくくなります。
1つの答えが、アプリを薬の競合でなく補助と位置づける「薬を補うデジタル(Around the Pill)」です。大塚製薬とClick Therapeuticsの「Rejoyn」は、抗うつ薬を服用中の22歳以上のうつ病患者に、外来治療の補助として使う前提で許可されました(出典:Business Wire、2024年4月)。
| 参入の型 | 収益源 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| 単独でDTx | 保険償還 | 価値を自社で回収できる | 処方経路づくりに時間と資金がかかる |
| 製薬会社と組むDTx | 償還+ライセンス収入(技術使用料) | 相手の営業網と医師との関係を使える | 主導権と取り分が相手に寄る |
| ヘルスケア・ウェルネス | 利用料、企業・自治体の予算 | 速く出せて改善しやすい | 治療をうたえず、価格の裏付けが弱い |
5|実行のポイント—参入判断の4ステップ
STEP1 支払い手を先に特定する
対象疾患より先に、「誰が払うのか」を確定させます。支払い手が見えない領域で開発を始めないことが、最大の損失回避策です。
STEP2 ルートを選ぶ
医療機器にあたるかどうかは、誰が払うかではなく、使用目的(病気の治療や診断をうたうか)と、機能・リスクで決まります(出典:厚生労働省、2023年3月)。治療をうたうならDTxルートで、承認と保険適用は別の手続です。保険適用を取らずに自費で出す場合も、承認は要ります。治療をうたわず、生活習慣の改善などにとどめる設計にするなら、承認の要らないヘルスケア・ウェルネスアプリとして出せ、そのときの支払い手は企業・自治体や利用者になります。
日本では、厚生労働省と経済産業省の「DASH for SaMD 2」(2023年9月)が「二段階承認」の考え方を示しました。早期に第1段階の承認を取り、市販後のデータで臨床的意義(治療上の価値)を確かめて、第2段階へ進む方式です(出典:厚生労働省・経済産業省、2023年9月)。2024年度診療報酬改定(保険で支払う医療の価格の見直し)では、第1段階承認のプログラム医療機器を、評価療養(保険適用の前でも保険診療と併用できる仕組み。アプリ代は保険外)で使える運用も示されました(出典:中医協資料、2024年3月)。
STEP3 組む相手を決める
処方経路を自前で築けないなら、製薬会社や医療機器会社との提携を最初から設計します。製造販売業の許可が無ければ、許可を持つ会社と組みます(出典:医薬品医療機器等法)。取り分よりも、医師に届くかどうかを優先します。
STEP4 継続利用と成果のデータを設計に組み込む
支払い側は、ドイツの成果連動価格のように「本当に効いたのか」を問い始めています。承認後も利用継続率や臨床指標を取り続け、価格交渉の根拠にします。
6|よくある誤解—DTx参入で失敗する経営判断のパターン
誤解① 「薬事承認さえ取れば、売上はついてくる」 承認は販売の許可であり、支払いの約束ではありません。米国のPear TherapeuticsやAkiliが示すとおりです。申請の前に、償還の見通しと処方の経路を確かめるべきです。
誤解② 「ウェルネスアプリで実績を積めば、そのまま治療用アプリにできる」 一般向けアプリの利用データは、参入を判断する材料にはなっても、治療効果の証明にはなりません。承認には計画された臨床試験で有効性を示す必要があり、開発のやり直しに近くなります。
誤解③ 「ドイツのように暫定収載があれば、効果の証明は後回しでよい」 DiGAの暫定収載は検証期間を与える制度で、証明の免除ではありません。実際に一部の製品は削除されました。早く出せる制度ほど、後から効果を厳しく問われます。
7|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸
DTxルートを優先すべき企業の条件
- 対象疾患に、公的保険で支払われる見込みの治療ニーズがある
- 数年単位の臨床試験と承認審査に耐える資金と時間がある
- 製薬会社や医療機関など、処方の経路を持つ相手と組める
- 利用継続率や臨床指標を、承認後も取り続けられる
- 薬や既存の治療を置き換えず、補う形で価値を示せる
今やるべきかの判断軸
最大の判断軸は、支払い手と処方経路の2つを、開発を始める前に描けるかどうかです。両方が描けるなら、二段階承認や評価療養を使い、データを取りながら進められます。どちらかが描けないなら、まずヘルスケア・ウェルネスアプリとして企業や自治体向けに出し、利用者の行動を変える力を確かめてから判断する方が、損失を限定できます。
やらない場合のリスク
第一に、製薬会社や保険会社が治療とデータを押さえた後では、提携相手に選ばれにくくなります。第二に、成果に応じて払う仕組みが広がると、効果のデータを持たない製品は不利になります。第三に、承認や保険適用の手続を知る人材が育たず、制度の変化を事業機会に変えられません。
8|経営者への一言
許可を取る力と、払い続けてもらう力は別物。開発計画の1行目に、支払い手の名前を書けるか。
参考文献
- Pear Therapeutics, Inc.「Form 8-K」(2023年4月) https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1835567/000183556723000020/pear-20230405.htm
- MedTech Dive「Akili to sell to Virtual Therapeutics for $34M」(2024年5月) https://www.medtechdive.com/news/akili-sell-34m-virtual-therapeutics-digital/717570/
- Business Wire「Otsuka and Click Therapeutics Announce the U.S. FDA Clearance of Rejoyn」(2024年4月) https://www.businesswire.com/news/home/20240401758231/en/
- Fierce Healthcare「CMS puts forward meager offering for digital health in final Medicare physician fee schedule rule」(2024年11月) https://www.fiercehealthcare.com/regulatory/final-digital-health-changes-pfs
- IEEE Spectrum「BlueStar, the First Prescription-Only App」 https://spectrum.ieee.org/bluestar-the-first-prescriptiononly-app
- zm online「GKV gibt rund 400 Millionen Euro für Apps auf Rezept aus」(2026年4月) https://www.zm-online.de/news/detail/gkv-gibt-rund-400-millionen-euro-fuer-apps-auf-rezept-aus
- Deutsches Ärzteblatt「DiGA-Report: Apps auf Rezept knapp eine Million Mal genutzt」(2025年3月) https://www.aerzteblatt.de/news/diga-report-apps-auf-rezept-knapp-eine-million-mal-genutzt-fe05cccf-1cd0-47a3-9b9d-eff971ca3cfa
- Pharmazeutische Zeitung「Hersteller müssen Erfolg ihrer DiGA künftig belegen」 https://www.pharmazeutische-zeitung.de/hersteller-muessen-erfolg-ihrer-diga-kuenftig-belegen-152588/
- CureApp「世界初のニコチン依存症治療アプリ『CureApp SC』本日12月1日より販売開始」(2020年12月) https://digitalpr.jp/r/43481
- 週刊アスキー「CureApp、高血圧症向けに『アプリ×血圧測定×医師の指導』プログラムが9月1日より保険適用開始」(2022年9月) https://weekly.ascii.jp/elem/000/004/103/4103783/
- CureApp・沢井製薬「減酒治療補助アプリ『HAUDY』保険適用」(2025年8月) https://digitalpr.jp/r/116666
- サスメド「『サスメド 不眠障害用アプリ Medcle』保険収載了承のお知らせ」(2026年5月) https://www2.jpx.co.jp/disc/42630/140120260513527911.pdf
- 厚生労働省・経済産業省「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略2(DASH for SaMD 2)」(2023年9月) https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/SaMD/DASH_for_SaMD_2.pdf
- 厚生労働省 中央社会保険医療協議会「プログラム医療機器の評価療養及び選定療養に係る運用について(案)」(2024年3月) https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001231607.pdf
- e-Gov法令検索「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(1960年8月公布) https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145
- 厚生労働省「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」(2023年3月改正) https://www.pmda.go.jp/files/000252002.pdf
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