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ソフトウェアが「処方」される時代—DTx(治療用アプリ)は第3の治療になるか、承認・償還ルートの事業機会と参入障壁

2026.10.27GROWTH INTELLIGENCE 編集部

医療・ヘルスケア事業への参入を考えるとき、「治療用アプリ」は有望な入口に見えるのではないでしょうか。医師が処方し、公的保険で支払われるソフトウェアはDTx(デジタルセラピューティクス)と呼ばれ、薬・医療機器に続く「第3の治療」と期待されています。日本でも禁煙、高血圧、減酒、不眠のアプリが保険適用(公的医療保険で支払われる対象になること)されました。一方で米国では、規制当局(医療機器の販売を認める国の機関)の許可を得た企業が、保険からの支払いが広がらずに破産しています。承認を取れば、事業は続くのでしょうか。本稿では、DTxと一般のアプリの違い、米国・ドイツ・日本の制度、「治ると売上が減る」問題、参入判断の手順を整理します。

1|結論—今すぐ取るべき経営判断

DTxへの参入で最初に決めるべきは、技術でも対象疾患でもなく、支払いの構造、つまり「誰が、いくら、何年払い続けるのか」です。薬事承認(国が医療機器としての販売を認めること)は、「売ってよい」という許可にすぎません。飲食店の営業許可を取っても、客が代金を払ってくれるとは限らないのと同じです。保険償還(保険から代金が支払われること)の道筋が見えないまま挑めば、数年の臨床試験と承認審査に資金を投じた末に、売上が立たずに資金が尽きかねません。

判断の軸は2つです。1つ目は出し方で、薬事承認と保険適用を取りにいく「DTxルート」か、承認を要しない「ヘルスケア・ウェルネスアプリ」かを選びます。前者は時間と費用がかかる代わりに、参入障壁(他社がまねしにくい壁)と価格の裏付けを得られます。後者は速く出せますが、病気を治すとは言えず、利用者や企業の予算に頼ります。2つ目は、単独で出すか、製薬会社など医療の流通網を持つ企業と組むかです。

2|なぜDTxは一般のヘルスケアアプリと別物なのか—承認・処方・償還の構造

DTxは、臨床試験で有効性を示して承認を受け、医師の処方で患者に届くソフトウェアです。

比較軸 DTx(治療用アプリ) ヘルスケア・ウェルネスアプリ
目的 疾患の治療・管理 健康維持・生活習慣の改善
臨床エビデンス(効果の科学的な裏付け) 治験(承認のための臨床試験)で有効性を示す 必須ではない
規制 医療機器の承認・認証と、売るための製造販売業の許可が必要 原則不要(病気の治療をうたえない)
届け方 医師の処方 利用者が自分で入手
主な支払い手 公的保険・民間保険 利用者、企業、自治体
立ち上げ期間 数年単位 数か月単位
参入障壁 高い(承認と処方経路) 低い(模倣されやすい)

処方を通すと、医師から「治療の一部」として勧められるため、使い続けてもらいやすいと考えられます。一方、処方されなければ売上は立たず、医師への情報提供や、医療機関の手間を増やさない仕組みが要ります。処方という関門は、競合の参入を防ぐと同時に、自社の普及も遅らせます。

3|米国・ドイツ・日本の比較—償還の仕組みが事業の生死を分ける

比較軸 米国 ドイツ(DiGA) 日本(SaMD。医療機器扱いのソフトウェア=プログラム医療機器)
規制の入口 FDA(米国食品医薬品局)の許可(510(k)、De Novoなどの手続き) 医療機器認証+BfArM(連邦医薬品医療機器庁)の審査 PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査、厚生労働大臣の承認
支払いの仕組み 民間保険者との個別交渉が中心。メディケア(高齢者向け公的医療保険)は2025年に精神領域の算定コード(医療費の請求区分)を新設。機器の価格は個別判断で限定的 公的保険で処方可能。有効性の検証途中でも仮に支払う暫定収載がある 中医協(中央社会保険医療協議会。保険の範囲と価格を審議する国の会議)が保険適用を判断。承認と保険適用は別の手続
主な事例 Welldoc「BlueStar」(2010年許可)、大塚製薬・Click Therapeutics「Rejoyn」(2024年許可) 2025年末時点で58製品が収載 CureAppの禁煙(2020年)、高血圧(2022年)、減酒(2025年)、サスメドの不眠(2026年)
見えている課題 許可を得ても保険者が払わない 初年度価格の高さと、有効性への疑問 普及の速度と、保険点数に見合う採算

米国のPear Therapeuticsは、FDAの許可を得た製品を複数持っていました。しかし保険者(医療費を支払う保険の運営者)の支払いが進まず、2023年4月に連邦破産法第11章(再建型の破産手続き)を申請しました(出典:Pear Therapeutics 8-K、2023年4月)。2020年にFDAの許可を得たAkili Interactiveも、支払い手の確保に苦しみ、2024年に約3,400万ドルで買収されました(出典:MedTech Dive、2024年5月)。

ドイツは2019年成立のデジタル医療供給法(DVG)で、医師が処方できるアプリの制度「DiGA」をつくりました。BfArMが原則3か月で審査し、有効性の検証途中でも暫定的に公的保険で処方できる「Fast-Track」もあります。一方、74製品のうち16製品が削除され、効果を示せなかった製品も含まれます。製造業者が自由に決める初年度価格は平均544ユーロで、交渉後の平均227ユーロより高く、支払い側が問題視しています(出典:zm online、2026年4月)。2026年からは、価格の少なくとも20%が成果に連動します(出典:Pharmazeutische Zeitung、2025年1月)。

日本では、CureAppのニコチン依存症治療アプリが2020年12月に国内初の保険適用となりました(出典:CureApp、2020年12月)。高血圧治療補助アプリが2022年9月(出典:週刊アスキー、2022年9月)、沢井製薬が販売を担う減酒治療補助アプリ「HAUDY」が2025年9月に保険適用されています(出典:CureApp・沢井製薬、2025年8月)。不眠のアプリも2026年6月に保険適用され、償還価格は24,100円です(出典:サスメド、2026年5月)。

4|「治ると売上が減る」問題—薬を補うデジタルという選択肢

医療の多くは、患者が通院し、薬を使い続けることで収益が生まれます。アプリで患者が早く回復すれば、関係者の売上はむしろ減りかねず、処方する側に使う動機が生まれにくくなります。

1つの答えが、アプリを薬の競合でなく補助と位置づける「薬を補うデジタル(Around the Pill)」です。大塚製薬とClick Therapeuticsの「Rejoyn」は、抗うつ薬を服用中の22歳以上のうつ病患者に、外来治療の補助として使う前提で許可されました(出典:Business Wire、2024年4月)。

参入の型 収益源 強み 弱み
単独でDTx 保険償還 価値を自社で回収できる 処方経路づくりに時間と資金がかかる
製薬会社と組むDTx 償還+ライセンス収入(技術使用料) 相手の営業網と医師との関係を使える 主導権と取り分が相手に寄る
ヘルスケア・ウェルネス 利用料、企業・自治体の予算 速く出せて改善しやすい 治療をうたえず、価格の裏付けが弱い

5|実行のポイント—参入判断の4ステップ

STEP1 支払い手を先に特定する

対象疾患より先に、「誰が払うのか」を確定させます。支払い手が見えない領域で開発を始めないことが、最大の損失回避策です。

STEP2 ルートを選ぶ

医療機器にあたるかどうかは、誰が払うかではなく、使用目的(病気の治療や診断をうたうか)と、機能・リスクで決まります(出典:厚生労働省、2023年3月)。治療をうたうならDTxルートで、承認と保険適用は別の手続です。保険適用を取らずに自費で出す場合も、承認は要ります。治療をうたわず、生活習慣の改善などにとどめる設計にするなら、承認の要らないヘルスケア・ウェルネスアプリとして出せ、そのときの支払い手は企業・自治体や利用者になります。

日本では、厚生労働省と経済産業省の「DASH for SaMD 2」(2023年9月)が「二段階承認」の考え方を示しました。早期に第1段階の承認を取り、市販後のデータで臨床的意義(治療上の価値)を確かめて、第2段階へ進む方式です(出典:厚生労働省・経済産業省、2023年9月)。2024年度診療報酬改定(保険で支払う医療の価格の見直し)では、第1段階承認のプログラム医療機器を、評価療養(保険適用の前でも保険診療と併用できる仕組み。アプリ代は保険外)で使える運用も示されました(出典:中医協資料、2024年3月)。

STEP3 組む相手を決める

処方経路を自前で築けないなら、製薬会社や医療機器会社との提携を最初から設計します。製造販売業の許可が無ければ、許可を持つ会社と組みます(出典:医薬品医療機器等法)。取り分よりも、医師に届くかどうかを優先します。

STEP4 継続利用と成果のデータを設計に組み込む

支払い側は、ドイツの成果連動価格のように「本当に効いたのか」を問い始めています。承認後も利用継続率や臨床指標を取り続け、価格交渉の根拠にします。

6|よくある誤解—DTx参入で失敗する経営判断のパターン

誤解① 「薬事承認さえ取れば、売上はついてくる」 承認は販売の許可であり、支払いの約束ではありません。米国のPear TherapeuticsやAkiliが示すとおりです。申請の前に、償還の見通しと処方の経路を確かめるべきです。

誤解② 「ウェルネスアプリで実績を積めば、そのまま治療用アプリにできる」 一般向けアプリの利用データは、参入を判断する材料にはなっても、治療効果の証明にはなりません。承認には計画された臨床試験で有効性を示す必要があり、開発のやり直しに近くなります。

誤解③ 「ドイツのように暫定収載があれば、効果の証明は後回しでよい」 DiGAの暫定収載は検証期間を与える制度で、証明の免除ではありません。実際に一部の製品は削除されました。早く出せる制度ほど、後から効果を厳しく問われます。

7|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸

DTxルートを優先すべき企業の条件

  • 対象疾患に、公的保険で支払われる見込みの治療ニーズがある
  • 数年単位の臨床試験と承認審査に耐える資金と時間がある
  • 製薬会社や医療機関など、処方の経路を持つ相手と組める
  • 利用継続率や臨床指標を、承認後も取り続けられる
  • 薬や既存の治療を置き換えず、補う形で価値を示せる

今やるべきかの判断軸

最大の判断軸は、支払い手と処方経路の2つを、開発を始める前に描けるかどうかです。両方が描けるなら、二段階承認や評価療養を使い、データを取りながら進められます。どちらかが描けないなら、まずヘルスケア・ウェルネスアプリとして企業や自治体向けに出し、利用者の行動を変える力を確かめてから判断する方が、損失を限定できます。

やらない場合のリスク

第一に、製薬会社や保険会社が治療とデータを押さえた後では、提携相手に選ばれにくくなります。第二に、成果に応じて払う仕組みが広がると、効果のデータを持たない製品は不利になります。第三に、承認や保険適用の手続を知る人材が育たず、制度の変化を事業機会に変えられません。

8|経営者への一言

許可を取る力と、払い続けてもらう力は別物。開発計画の1行目に、支払い手の名前を書けるか。

参考文献

1分で鍛える意思決定 / 新規事業【登録者限定】

睡眠の習慣づくりを支えるアプリを企業の福利厚生向けに提供している、従業員60名ほどのIT企業。継続して使う人が多いことに手応えを得て、医師が処方する治療用アプリを目指す案が役員会に出た。

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