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経営基盤/業務改革

経済安全保障は「調達部門の仕事」ではない—守るべき価値を定め、供給網と技術流出を一体で管理する6ステップ

2026.10.27GROWTH INTELLIGENCE 編集部

経済安全保障(国どうしの対立や規制から、自社の調達・販売・技術を守ること)への備えを、調達部門や法務部門の担当業務として扱っていないでしょうか。輸出管理の強化、関税措置の急な変更、重要鉱物(レアアースなど、産業に欠かせない鉱物)の供給制限は、もはや一部の大企業や防衛関連企業だけの問題ではありません。部材が一つ止まれば製品は出荷できず、図面や製造ノウハウが流出すれば価格競争に巻き込まれます。しかも供給の途絶と技術の流出は、同じ取引先、同じ海外拠点、同じ提携から起こり得ます。本稿では、取組が形だけになる3つの落とし穴と対策の4類型を整理し、経営として設計する6つのステップと、人も予算も限られる中堅・中小企業の始め方を示します。

1|結論—今すぐ取るべき経営判断

経済安全保障対応で、経営者が最初に決めるべきことは「自社は何を守るのか」です。守る対象は、利益率、供給の継続、技術上の優位、特定市場への販売の4つに大別でき、互いにぶつかります。調達先を分散すれば、単価は上がります。技術を守るために海外生産を絞れば、市場への近さを失います。どれを優先するかは調達担当者には決められず、経営が引き受けるしかない判断です。

経済産業省が2026年1月に公表した「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」も、主な読み手を経営層に置いています。ガイドラインは、法的義務を課すものではありません。ただし、沿った取組は、経営者が経済安全保障の面で善管注意義務(取締役が会社のために注意を尽くして職務を行う法的な義務)を果たしていることの、裏付けの一つになるという立場です(出典:経済産業省、2026年1月。案の段階の解説として森・濱田松本法律事務所、2025年12月)。

もう一つの判断は、供給網(サプライチェーン。調達から販売までのつながり)の管理と技術流出の防止を別々の部署に任せず、一つの体制で見ることです。両者を分けると、調達の分散のための海外提携から技術が流出する、といった矛盾が起きます。家の合鍵にたとえると、預ける相手を増やすほど留守中に困ることは減りますが、鍵が外に出る危険は増えます。誰に渡すかは、一人が全体を見て決める必要があります。

2|なぜ今、経営課題なのか—制度と国際環境の変化

経済安全保障は、国の政策と企業の取引の両面で、ここ数年で急速に具体化しました。主な制度は次のとおりです。

制度・指針 時期 企業にとっての意味
経済安全保障推進法 2022年5月成立 4つの制度を創設。重要物資の安定供給、基幹インフラ役務(電気・通信・金融など生活を支えるサービス)の安定提供、先端的な重要技術の開発支援、特許出願の非公開
重要経済安保情報保護活用法 2025年5月施行 セキュリティ・クリアランス制度(政府の重要情報を扱う人と企業の信頼性を確認する制度)を導入。適合事業者として認められた企業で、適性評価を受けた従業員が、政府の重要情報を扱える
技術流出対策ガイダンス(経済産業省) 2025年5月(第1版)、2026年4月(第2版) 現場レベルの技術流出対策の手引き。第2版で、共同研究や、調達時に仕様を詰める打ち合わせに伴う流出対策を追加
経済安全保障経営ガイドライン(経済産業省) 2026年1月(第1版) 経営層向けの推奨事項とチェックリスト

(出典:内閣府「経済安全保障」「重要経済安保情報保護活用法」、経済産業省、各公表時点)

国際環境では、米国で2026年2月、連邦最高裁が、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税を違法と判断しました。ただし、鉄鋼・アルミニウム・自動車などに課されている通商拡大法232条の関税は、判決の対象外でした。政権は同日、通商法122条に基づく10%の一時的な輸入課徴金(輸入品に上乗せする税)を発表し、上限の150日を迎えた7月24日から通商法301条の追加関税に切り替えました。日本からの輸入品は、通常の関税と合わせて原則12.5%です(出典:ジェトロ、2026年2月・7月)。中国は2026年1月6日、デュアルユース(軍民両用)品目の日本向け輸出を禁止する措置を発表し、即日施行しました。対象は、日本の軍事ユーザー向けや、軍事力の強化につながる用途です(出典:ジェトロ、2026年1月)。レアアースの輸出管理のうち、2025年10月9日に公告した追加の措置(再輸出・域外適用など)は、2026年11月10日まで停止されています。2025年4月4日に施行した重希土類の管理は続いています(出典:ジェトロ、2026年4月/JOGMEC、2026年1月)。ジェトロ(日本貿易振興機構)「世界貿易投資報告 2026年版」は「高リスクが常態化する時代」を副題に含め、令和8年版通商白書の第1部の題は「動乱の中の世界経済と新興国経済」です。

3|3つの落とし穴と対策の4類型

落とし穴 起きること 経営の打ち手
①調達部門に閉じる 代替先探しや在庫の積み増しが単価交渉の延長になり、利益率との兼ね合いを誰も判断しない 優先順位の判断を経営会議に上げる
②供給網と技術防衛を分断する 調達部門は分散のため海外提携を進め、技術部門は流出を恐れて情報を絞る。互いの効果を消し合う 取引先・拠点ごとに供給と技術のリスクを1枚の表で見る
③判断軸と優先順位がない 対策候補が並ぶだけで予算が付かない。有事に「何を先に守るか」で議論が止まる 守る価値の順位を事前に決める

対策は、大きく4つの類型に整理できます。

類型 守るもの 主な打ち手
収益防衛型 利益率・市場への販売 価格転嫁条項(関税・規制の変更で増えた費用を販売価格に上乗せできる契約条項)、原産地の見直し、為替や関税を織り込んだ採算管理
供給網再設計型 供給の継続 重要部材を複数の調達先から買う、代替材料の評価、在庫水準の見直し、生産拠点の分散
可視化・予兆把握型 判断の速さ(全類型の前提) 二次・三次の取引先(取引先の、さらに先の仕入れ先)の把握、規制動向の定期的な確認、異常の兆しを報告する経路
技術・情報防衛型 技術上の優位 コア技術の特定とアクセス管理、契約での秘密保持、退職者・提携先経由の流出対策

4類型はどれか一つを選ぶものではなく、予算の配分は第1章で決めた「守る価値」の順位から導きます。

4|設計の6ステップ—守る価値から全社の体制まで

STEP1 守るべき価値を定義する

利益率・供給継続・技術優位・特定市場への販売のうち、自社の事業で何が最も重要かを経営陣で議論し、順位を付けます。事業ごとに順位が違って構いません。

STEP2 重点領域を絞り込む

全製品・全取引先を対象にすると終わりません。売上や利益への影響が大きく、かつ代替が難しい製品・部材・技術を、5〜10程度に絞ります。

STEP3 リスクを分解する

重点領域ごとに、どの国・どの取引先に依存しているか、どの工程・どの人にノウハウが集まっているかを書き出します。ガイドラインが求める「リスクシナリオの策定」は、ここにあたります。供給途絶と技術流出の両方のシナリオを、同じ表で考えます。

STEP4 短期対策と中期対策を分ける

在庫の積み増しや契約条項の見直しのようにすぐ打てる手と、調達先の開拓や生産拠点の再編のように数年かかる手を分けます。中期の手は投資判断として扱い、期限と撤退基準を添えて意思決定します。

STEP5 可視化と予兆把握の仕組みをつくる

規制や政策の変化、取引先の経営状況、主要国の動きを確認し、経営会議に報告する担当と頻度を決めます。完璧な情報網より、「誰が・いつ・何を見るか」が決まっていることが大切です。

STEP6 全社のガバナンスに組み込む

調達、技術、営業、法務、経理を横断する責任者を置きます。有事には、経営者が直接指示できる経路を確保します。ガイドラインも、全社をまとめて指示を出す部門や機能(ガイドラインの言う「司令塔」)の設置と権限の付与を推奨しつつ、経営資源が限られる場合は既存の組織での対応も想定しています。

5|中堅・中小企業での現実的な始め方

専任部署を新設できない中堅・中小企業では、次の3つから始めるのが現実的です。

第一に、経営会議の議題に、年2回「守る価値の順位と、重点部材・重点技術の点検」を加えることです。第二に、主要取引先上位10社程度について、供給元の国・代替の可否・自社技術の開示範囲を一枚の表にまとめることです。これで、どこが同時に弱いかが見えます。第三に、公的な相談窓口を使うことです。ジェトロなどは、輸出管理や各国規制について、情報提供や相談の機会を設けています。

6|よくある誤解—経済安全保障対応で判断を誤るパターン

誤解① 「経済安全保障は防衛産業や大企業の話で、自社には関係ない」 経済産業省のガイドラインは、すべての企業を対象としています。輸出管理や関税の変更は、取引先の部材価格や納期を通じて、直接輸出していない企業にも及びます。見るべきは、自社の供給網と顧客がどこにつながっているかです。

誤解② 「調達先を分散しておけば、経済安全保障対策は十分だ」 分散は、供給の継続を守る手段の一つにすぎません。新たな調達先や海外提携先に図面や製造条件を渡す過程で、技術流出のリスクはむしろ高まり得ます。ガイドラインも、サプライチェーンの多角化に伴う海外進出や提携では、技術流出対策を徹底するよう求めています。

誤解③ 「経済安全保障対策は利益を削るコストだ」 在庫の積み増しや複数調達は、短期的には確かに費用を伴います。しかし途絶や流出の損失、取引先の信頼を保つ効果まで含めれば、将来の損失を抑える投資です。ガイドラインも、対応を単なるコストではなく投資と位置づけるよう、経営者に求めています。問うべきは、費用をかけるかどうかではなく、どこにかけるかです。

7|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸

経済安全保障対応を優先すべき企業の条件

  • 特定の国・地域、または1社からしか調達できない部材や原料がある
  • 製品の競争力が、外部に出れば模倣されやすい図面・配合・製造条件に依存している
  • 海外の生産委託先や、合弁・提携先に技術情報を開示している
  • 売上の一定割合を、通商政策の影響を受けやすい国・地域に依存している
  • 供給途絶や規制変更が起きたとき、何を優先して守るかを経営陣で決めていない

今やるべきかの判断軸

判断軸は、経営陣が「一つの部材の途絶、または一つの技術の流出が、どれだけ利益と事業継続を損なうか」に答えられるかどうかです。答えられないなら、費用のほとんどかからないSTEP1〜3(守る価値の定義・重点領域の絞り込み・リスクの分解)に先に着手します。答えられる企業は、STEP1の順位を確かめてSTEP4以降に進みます。

やらない場合のリスク

第一に、部材の途絶や関税の変更が起きたとき、優先順位の議論に時間を取られ、出荷停止や採算悪化が長引きます。第二に、調達の分散や海外提携の過程で、強みである技術やノウハウが流出します。第三に、取引先や金融機関から対応状況を問われても説明できず、取引条件や信用の面で不利になります。

8|経営者への一言

経済安全保障は、調達の技術ではなく経営の選択。条件は予告なく変わる。その日に議論から始めるか、決めてあった順位で動くか。

参考文献

1分で鍛える意思決定 / 戦略【登録者限定】

特殊合金の部品を加工する従業員200名ほどのメーカーが、主要原料の一つを特定の国の1社に頼っており、大手の顧客から供給の備えについて回答を求められた。調達部門は、海外の新しい調達先の候補を見つけてきている。

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