
ジョブ型は「制度」を入れても機能しない—職務定義・配置・公平な運用、導入企業がつまずく3つの壁と段階導入の進め方
2026.10.19GROWTH INTELLIGENCE 編集部
1|結論—今すぐ取るべき経営判断
ジョブ型人事は、全社に一斉導入するかどうかを問う前に、「どの職務に、何の目的で入れるか」を決めるべき制度です。多くの企業にとって現実的なのは、段階導入です。まず、管理職や専門職など、職務と期待成果を言葉にしやすい層から入れます。運用が回ることを確かめてから、対象を広げます。
実際、先行企業の多くも段階的に進めています。富士通は2020年4月に管理職約1万5000人へ先行導入し、2022年4月に非管理職約4万5000人へ広げました。KDDIは3段階で拡大しています。2020年8月に経験者採用者、2021年4月に新卒入社者と管理職、2022年4月に全社です(出典:内閣官房ほか「ジョブ型人事指針」、2024年8月)。資生堂は管理職から始め、非管理職へ広げました。一方で、生産技術職や工場勤務者には、職務と能力の両方を加味した等級制度(社員の格付けの仕組み)を残しています(同指針)。
経営として決めるべきことは、制度の細部ではなく範囲と目的です。専門人材を採りたいのか。年功的な処遇(勤続年数に応じて給与や役職が上がる処遇)を改めたいのか。海外拠点と人事の評価基準をそろえたいのか。目的が決まれば、適用すべき職務の範囲も自然に絞られます。
2|なぜ制度だけでは機能しないのか—メンバーシップ型との構造的な違い
ジョブ型が難しいのは、給与表を差し替えるだけでは済まないからです。「人に仕事を割り当てる」発想から「仕事に人を割り当てる」発想へ、人事の出発点そのものを変えることになります。スポーツにたとえると、メンバーシップ型は、先に部員を集めてから試合ごとにポジションを割り振る学校の部活動です。ジョブ型は、空いたポジションを先に決め、そこに合う選手を探して契約するプロのチームに近い仕組みです。
| 比較軸 | メンバーシップ型 | ジョブ型 |
|---|---|---|
| 起点 | 人(採用した社員に仕事を割り当てる) | 職務(必要な職務を定義し、合う人を充てる) |
| 等級・賃金の決め方 | 職務遂行能力や勤続年数 | 職務の大きさ・責任の重さ |
| 採用 | 新卒一括採用が中心 | 職務ごとの採用、経験者採用が増える |
| 異動 | 会社主導の配置転換が前提 | 本人の応募・合意を重視(社内公募=社内で希望者を募る仕組みなど) |
| 育成 | 会社が異動を通じて育てる | 職務に必要なスキルを示し、本人が選んで学ぶ |
| 強み | 柔軟な配置、長期的な育成、組織への一体感 | 専門性の評価、外部人材の獲得、処遇の透明性 |
| 弱み | 専門人材の処遇が難しい、年功化しやすい | 職務定義の維持に手間がかかる、配置の柔軟性が下がる |
経団連の「2025年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査」(2025年9〜11月実施、集計339社)の結果を見ます。ジョブ型雇用を「導入している(予定・検討中含む)」は26.4%で、73.6%は導入していません。導入しない理由(2つまで)の上位は、「自社の職務・業態になじまない」50.4%、「職務を明確化しにくい」40.3%でした(出典:経団連、2026年1月)。つまり、ジョブ型は「進んだ制度」というより、職務を切り出せる事業でこそ機能する制度だと読むべきです。
3|導入目的の3類型—自社に合う「日本型ジョブ型」の範囲
導入を検討する企業の理由は、大きく3つに分かれます。経団連調査では、導入理由(2つまで)の上位は次の3つでした。「仕事・役割・貢献を適正に処遇へ反映するため」70.8%、「優秀な人材を確保・定着させるため」62.9%、「専門性を持つ社員の重要性が高まったため」38.2%です。
| 目的の類型 | 典型的な課題 | 適用範囲の目安 | 指針に見る例 |
|---|---|---|---|
| ①処遇の適正化 | 年功的な昇給、職責と給与のずれ | 管理職から | 富士通(年功要素を含まない職責ベースの等級へ) |
| ②専門人材の獲得 | デジタルや新規事業の人材が採れない・辞める | 専門職・特定職種から | KDDI(専門領域ごとに職務とスキルを定義) |
| ③グローバル化 | 海外拠点と人事の評価基準が違う | 全社共通の等級の土台 | 日立製作所、資生堂(グローバル共通の等級) |
適用範囲の実態も参考になります。経団連調査で導入・検討企業の適用範囲を尋ねると、「管理職全員」43.4%が最多で、「社員全員」は22.9%でした。賃金制度は「範囲給」が82.4%を占めます。範囲給とは、一つの職務でも給与に一定の幅を持たせて処遇する設計で、これが主流です。資生堂は非管理職について「和洋折衷型」を意識しました。会社主導の異動を残しつつ、本人の希望を重視する運用です。このように、日本企業のジョブ型は欧米型の純粋な職務主義ではありません。自社の慣行と組み合わせた形が一般的です。
4|導入企業がつまずく3つの壁と段階導入のステップ
制度の設計よりも、導入後の運用でつまずく企業が多いのが実情です。壁は次の3つに集約できます。
| 壁 | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| ①職務記述書の作成と更新 | 作った時点で古くなり、実態と合わなくなる | 完成度を求めず、使いながら直す。更新の責任者を現場の上司に置く |
| ②配置と不利益変更(社員に不利な労働条件の変更) | 職務がなくなった社員の処遇や異動で揉める | 変更の範囲を契約で明示し、等級が下がる場合の経過措置(急に下げず段階的に移す措置)を決めておく |
| ③公平な運用と形骸化 | 職務の格付けが従来の等級に引きずられ、年功が残る | 職務評価(職務の大きさを測る基準)を公開し、格付けの見直しを定期的に行う |
第一の壁について、経団連調査では職務記述書を「定期的に更新していない」企業が40.7%にのぼります。富士通は、約1万5000人分の職務記述書を2か月で作成しました。ひな形にしたのは、市場で使われているテンプレートをもとにした650の標準的な役割定義です。最初から完成度を求めず、使いながら直していく方針を採りました(出典:ジョブ型人事指針、2024年8月)。2021年のパーソル総合研究所の調査でも、導入済み企業の27.9%が職務記述書を定期的に更新していないと回答しています(出典:パーソル総合研究所、2021年6月)。更新が止まることは、導入当初から指摘されてきた課題です。
第二の壁は法的な論点を含みます。2024年4月から、就業場所と業務の「変更の範囲」を明示することが義務づけられました。対象は、労働契約の締結時と、有期契約(期間の定めのある契約)の更新時です(出典:厚生労働省、2024年)。また最高裁は2024年4月26日、職種を限定する合意がある労働者について判断を示しました。使用者は、本人の同意なく合意に反する配置転換を命じる権限を持たない、という判断です(滋賀県社会福祉協議会事件。出典:労働新聞社、2024年)。職務を限定して採用するほど、事業縮小時に会社主導で配置を変える余地は狭まります。就業規則の変更で賃金が下がる場合は、その変更に合理性があるかも問われます。個別の対応は、社会保険労務士や弁護士に確認したうえで進めるべきです。
これらを踏まえ、導入は次の順で進めます。
STEP1 目的と適用範囲を経営が決める
処遇の適正化か、専門人材の獲得か、グローバル化か。目的を一つに絞り、最初に適用する職務群を決めます。STEP2 対象職務の職務記述書と等級を作る
ひな形を使って簡素に作り、職務の大きさで等級を決めます。賃金は範囲給とします。移行時に給与が下がる社員には、経過措置を用意します。STEP3 労使で説明し、合意を得る
導入理由と処遇への影響を、社員に丁寧に説明します。指針では、20社それぞれの労使コミュニケーション(会社と社員・労働組合の話し合い)の進め方が、導入プロセスとして開示されています。自社の進め方を検討する材料になります。STEP4 社内公募と学び直しの仕組みを併設する
職務に人を充てる仕組みでは、本人が職務を選べる道がなければ不満がたまります。社内公募と、職務に必要なスキルを学ぶ機会を同時に用意します。STEP5 1年運用し、更新と格付けを見直してから広げる
職務記述書の更新状況、等級の偏り、離職の変化を確認します。問題がなければ、次の層へ広げます。5|中小企業での現実的な取り入れ方
中小企業が、大企業と同じ制度を一斉に入れる必要はありません。社員が数十人規模であれば、一人が複数の役割を担うのが普通です。職務を細かく切り出すほど、現場の柔軟さが失われます。現実的なのは次の3つです。
一つ目は、デジタル人材や経理・法務の専門職など、外部から採用したい職種に限って職務記述書と相場に連動した給与レンジを用意することです。給与レンジとは、職務ごとに決める給与の下限と上限の幅です。二つ目は、管理職の役割と期待成果を文書化し、肩書ではなく責任の大きさで処遇する仕組みに改めることです。三つ目は、全社員に「現在の役割」と「求められるスキル」を示すことです。本人がどう成長していけばよいかの道筋が見えるようになります。いずれも賃金体系を全面改定せずに始められ、ジョブ型の利点の一部を取り込めます。
6|よくある誤解—ジョブ型導入で失敗する経営判断のパターン
誤解① 「ジョブ型にすれば成果主義になり、人件費を抑えられる」 ジョブ型は、職務の大きさで処遇を決める仕組みです。成果主義とも、人件費削減とも同じではありません。専門人材を市場水準で採るために、かえって給与レンジを引き上げる企業もあります。導入の目的を人件費削減に置くと、社員は不利益変更と受け止めます。その結果、労使の信頼を損ないます。
誤解② 「職務記述書を一度作れば、あとは運用が回る」 職務は事業の変化に合わせて変わります。作成時点で細かく書いても、更新されなければ実態とずれ、処遇の根拠が失われます。重要なのは最初の完成度ではなく、誰がいつ更新するかを決めておくことです。
誤解③ 「ジョブ型にすれば会社都合で自由に人を入れ替えられる」 実際は逆です。職務や業務の範囲を明確にするほど、会社主導の配置転換は難しくなります。2024年の最高裁判決が示したように、職種限定の合意がある場合は本人の同意が必要になります。柔軟な配置を残したい職種まで一律に職務を限定すると、事業転換のときに打ち手を失います。
7|経営判断チェックリスト—今やるべきか否かの判断軸
ジョブ型導入を優先すべき企業の条件
- デジタルや新規事業など、市場水準で処遇しないと採用できない専門職種がある
- 年功的な昇給が続き、職責の大きさと給与が一致していない
- 海外拠点や経験者採用が増え、人事の評価基準を共通化する必要がある
- 管理職の役割と期待成果を、職務単位で言葉にできる
- 職務記述書を更新し続ける責任者と仕組みを置ける
今やるべきかの判断軸
最大の判断軸は、導入目的が特定の職務群に集中しているかどうかです。専門人材の採用難や管理職の年功化など、課題が一部の層に集中していることがあります。その場合は、その層から段階的に入れる価値があります。逆に、事業の性質上、多能工的な働き方(一人が複数の業務をこなす働き方)や、会社主導の柔軟な配置が強みになっている場合もあります。それなら全社導入は見送ります。役割の見える化や、専門職の給与レンジ整備にとどめる方が成果につながります。
やらない場合のリスク
職務と処遇を結びつける仕組みを持たないまま、人材獲得競争が続くとします。そのときのリスクは3つです。第一に、専門人材を市場水準で処遇できず、採用と定着で競合に後れを取るリスクです。第二に、年功的な処遇が続き、若手や高い成果を上げる社員が流出するリスクです。第三に、どの職務にどのスキルが必要かが見えないまま、学び直しへの投資が的外れになるリスクです。
8|経営者への一言
ジョブ型は、給与表の差し替えではありません。仕事の中身を定義し、更新し続ける責任を経営が持つことです。入れる範囲を決めた企業だけが、制度を実際に回る運用に変えられます。
参考文献
- 内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(2024年8月) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/jobgatajinji.pdf
- 日本経済団体連合会「2025年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」(2026年1月) https://www.keidanren.or.jp/policy/2026/002.pdf
- パーソル総合研究所「ジョブ型人事制度の実態に関する調査結果」(2021年6月) https://rc.persol-group.co.jp/news/202106251200/
- 厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更について」(2024年) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32105.html
- 労働新聞社「滋賀県社会福祉協議会事件(最二小判令6・4・26)」(2024年) https://www.rodo.co.jp/precedent/182364/
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